◇ 03
真っ白な少女をつれて、青葉は洞窟の中を歩いていた。結局、物言わぬ少女の返答を期待できず、はぐれないように手を繋いで、外への道を探していた。
(これ、本当に外に出られるのかな……)
一本道だったが故に進む以外の選択肢が無いのだが、しかしこの道が外に通じているという確証は無い。行き止まりまでは歩いてみるか、程度の気兼ねでいたが、さすがに体感十分近く歩いて外の音も何も感じられないと不安だ。
ふと、今何時だろうかといつもの癖でズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。スリープ状態を解除すると、奇妙な文字列が時刻の部分に表示されていた。
「なんだこれ」
思わず声を出しつつも、パスワード入力画面に移動すると、やはり見知らぬ記号が並んでいた。この世界の数字なのだろうか。少女が興味深そうに画面をのぞき込むのを視界にいれつつ、本来の数字を思い浮かべながら、ロック画面とパスワードの画面とをスライドして見比べる。
「えーと、一、五……十五時……六分か」
夕方か。暗くなる前にここから出て、近くの人里に移動したいが、それまでに外に出られるだろうか。
スマホをポケットに仕舞うと、青葉を見上げる少女と目が合った。
「大丈夫? 疲れてない?」
「……?」
不思議そうに、少女が首を傾げた。あれ、と思い、青葉は少女を見つめ返す。泥だった時、言葉が通じたように感じたが、この少女になってからどうにも言葉が伝わっていないような気がする。
人型になった時、何か障害が発生したのだろうか。
「うーん……まあ、今考えてもしょうがないか」
それに、彼女が喋る喋れないは、さほど問題ではない。今は人型だが、いつどのような形でまた泥に戻ってしまうか分からない事の方が重大だ。
「絶対、元の人の姿に戻すからね。そのために、まずは情報収集だ」
半ば自分に言い聞かせるように言いながら、少女の頭を撫でた。無抵抗で撫でられている少女の首がぐりんぐりん動いたので、控えめにしておいた。
タイムリミットが分からないという一抹の不安を抱えながら歩いていると、突き当りに出てしまった。
「どうしよう……ここまで一本道だったよね……」
確認するように少女に聞いてみるが、やはり言葉が通じていないらしくきょとんとしている。
困ったな。とぼやいていると、
コン、
と、小さな音がした。
周囲を見渡していると、再び、コン、と何か硬い物を当てたような音が響いた。音がした気がする岩壁を観察すると、人一人潜れるかどうかという隙間が見つかった。
隙間を覗き込むと、奥に道かが続いているのが見える。ここを通るしか道はなさそうだ。
「通れるかな……」
ちらりと少女を見る。華奢な彼女は大丈夫だろう。背丈のある青葉は屈みながら通る必要があるが、かなりギリギリだ。
「ちゃんとついて来てね」
言い聞かせてから一度少女の手をほどき、隙間を歩く。肩が擦れたが、大怪我というほどの傷にはならないだろう。隙間を通り抜け、すぐに振り返ると、数歩離れたところを少女がついて来ていた。
彼女が通り抜けるのを待ち、出てきたところで彼女に怪我が無いか確認する。擦り傷一つ無いことを見てから、安堵した。
「怪我は無いね、よかった。ちゃんとついて来て偉いね」
髪型を崩さないように優しく頭を撫でる。手を差し出すと、今度はちゃんと手を繋いでくれた。学習しているらしい。
さて、道はあるだろうかと周囲を見渡す。先ほどまでは人の手が入っていない自然の洞窟、という雰囲気だったが、今いる場所は少しひらけており、壁も天井も掘った後がある。地面に幾何学模様が掘られており、火は灯っていないが壊れたランタンのようなものが壁にかかり、明らかに人の手が加えられている。
「鉱山よりは遺跡っぽいなぁ……」
興味深く観察していると再び、カン、と音が響いた。音の原因を探ろうと辺りを見渡す。しかし人どころか動物もいない。家鳴りのような、自然現象の音だろうかと考えていると、少し遠くの方でまた、コン、と音が響いた。音がした方に近づくと、道が分かれている。どちらに向かうべきか迷うと、また音が少し遠くでした。 そちらを覗けば、奥へと道が続いているのが見える。
(なんか、誘導されてる?)
見えないだけで、誰かいるのだろうか。少しだけ考え込み、ちらりと少女の方を見る。
あの時、泥が巨大な人型へと変貌し、青葉に詰め寄ってきたあの瞬間、阻まれるようにして動きが止まったのは、見えない誰かが押さえてくれていたのではないだろうか。そしてその人物は今、青葉の道案内までしている。……さすがに良いように考えすぎか。
(でも、もし本当にそんな人がいるなら、お礼を言いたいな)
少し考えてから、空いている手を握り、念じてみる。
(目に見えないものを見る何か……できるだけ邪魔にならないもので……うーん、ピアスとか、そういうの)
ふわりと、胸のあたりが光った。ふいに、手の平に違和感があった。半信半疑で手を開いてみると、角の丸い三角形で、金色のクリップ型の耳飾りが一つだけあった。青葉の私物ではないし、勿論拾った記憶もない。青葉が今、きっと能力で作ったのだ。確証も何もないが、多分そうなのだ。
不気味な力で手に入れたそれを手の上で転がして観察してみて、それから意を決して、耳にぱちんっと挟む。
突然、数歩離れた先に人がいるのが見えた。喪服のような黒いロングワンピースを着た女性が、薙刀のような武器を持って立っていて、それを岩壁にコツンと当てた。
カコン、と音が響いた。
「本当に……」
力は本物だったのかと驚いていると、女性が振り返った。
ピンで留められた黒い布で顔を隠しているため、表情は分からない。それどころか、存在そのものが酷く曖昧で、視界に入れているのに見失ってしまいそうな違和感を纏っていた。それでもなんとかじっと見詰めていると、姿が見えていることに気付いたのか、唯一見えている口元がわずかに動いた。
そして。
「×××××××?」
聞いたことも無い言葉で、何かを問いかけてきた。
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