第九十六話「始めての学園生活 前編」

 ◆


 数日後、ついに初登校の日がやってきた。

 アイエル様もセシラ様も制服に着替え、屋敷の前に停めた馬車に意気揚々と乗り込む。 勿論、僕も今は制服姿だ。 アイエル様は学院が始まるのを楽しみにしていたのか、待ちきれない様子で僕を嬉しそうに呼ぶ。 ちなみにクロはお屋敷でお留守番だ。


「ロゼ、早く早く!」

「何をしておるのじゃロゼ。 学院とやらに遅れてしまうではないか」


 セシラ様もワクワクが止まらないらしい。

 僕はやれやれと思いながらも、二人が待つ馬車の御車台に乗り込んだ。

 屋敷の前には、微笑ましそうにアイエル様を見つめるアリシア様と、そのアリシア様に抱えられたクロが、付いて来たそうに僕達を見つめている。

 因みにメラお姉ちゃんは、見送りに来た父様に頭に鷲掴みにされ、必死の形相で僕達に付いて行こうと、もがきながら見送ってくれている。

 うん。 見送りだと思いたい。


「アイエル。 あまり先生に迷惑かけては駄目よ。 気をつけて行ってくるのよ」

「うん。 分かったママ」

「ロゼ、アイエルの事お願いね」

「ご安心下さいませ。 アリシア様… 心得て居ります」


 僕はそう言うと頭を下げる。


「ろぜぐぅ~ん わだぢもいぐぅうう」

「ロゼ。 コイツの事は気にせずに、しっかりとお嬢様方をお支えするのだぞ」


 メラお姉ちゃんも懲りないな…… てか父様の手に血管が浮き出るくらい思いっきり頭を掴んでるよ… それでも付いて来ようとするメラお姉ちゃんの執念には驚きだ…… まだアリシア様の腕の中で大人しく見送りをしてくれているクロの方が賢いのかもしれない……

 僕はそんなメラお姉ちゃんをスルーして、父様に返事を返す。


「はい、父様。 行ってまいります」


 そして、僕はメラお姉ちゃんの事を気にする事なく、馬車を操り学院へと急いだ。


 ◆


 学院の正門は、新学期の登校日とあって、多くの生徒を次々と飲み込んでいく。 ただそこには、先日の襲撃の一件があってからか、帝国の兵士が厳重に警備を行っていた。

 帝国の兵士は一人一人学生を確認し、中へと通していく。 僕達も例外でなく、正門で兵士に停められ、中と身分を確かめられた。

 一応学生証の様な魔術カードが発行されていて、それで本人を確認できるらしい。

 学院の中に入ってから僕は指定された馬車置き場へと馬車を停め、そこからは徒歩で教室へと向かった。


 教室は学院の中央の城の周りに聳え立つ九つの塔にあり、それぞれ屋根の色が異なっている建物がそれぞれの学年の教室となっている。 その色には理由があり、学生は全て原石の名を制服の色と共に預かる。 僕達で言えばセレナイト。 白い制服は透石膏セレナイトの石の名と共に、セレナイトの学年として卒業まで引き継がれるのだ。

 今年入学した生徒は皆、透石膏セレナイト。 白の学年。 そして一年上がる毎に、翠玉エメラルド(緑)・赤鉄鉱アイアンローズ(黒)・肉紅玉髄カーネリアン(朱)・青玉サファイア(青)・緑柱石ヘリオドール(黄)・菫青石アイオライト(紺)・薔薇輝石ロードナイト(赤) そして今年卒業を控える紫水晶アメジスト(紫)の九つの学年に別れている。

 次の年になると、新入生がアメジストの原石と教室を引き継ぐのが伝統らしい。

 僕達は去年の卒業生から透石膏セレナイトの原石と教室を引き継いだと言う事だ。 僕達は事前に説明を受けて居たとおり、白の制服なので白い屋根の塔を目指した。


 塔の前では、新入生の初の登校日とあって、僕達の学年を担当する男性教員が「おはよう!」と気合を入れて出迎えてくれている。


「おはようございます」「おはようなのじゃ」「お… おはょぅ…」


 僕達も挨拶を返すが、大きな声で挨拶されて萎縮してしまったのか、アイエル様だけが人見知りを発揮して語尾が小さくなってしまう。


「ここが君達がこれから学ぶセレナイトの校舎だ。 一階は談話室になっていて、二階が君達の通う一般教室だ。 そこで席に掛けて待つ様に」

「わかりました」


 僕が代表して男性教員に返事を返し、塔の中に入る。

 中に入ると、談話室ではシュエとニーナ様がおしゃべりをしながら、僕達の到着を待っていた。


「あ、センパイとアイエルちゃんだ」


 シュエは僕達に気付くと、何故か僕の事をセンパイと呼び、僕達に手を振る。


「センパーイ。 アイエルちゃんと、セシラちゃん? こっちだよー」


 そしてシュエに続いて僕に気付いたニーナ様が、待ってましたと嬉しそうに挨拶してくれた。


「ロゼ様、アイエル様、セシラ様 おはよう御座いますですわ」

「三人ともおはよう!」

「ニーナ、シュエもおはよう」


 アイエル様は見知った顔に顔をほころばせて嬉しそうに駆け寄る。


「二人ともおはようなのじゃ」


 それに続いてセシラ様も続き、僕は最後に二人に合流した。


「まだ授業が始まるまで時間がありますわ。 少しここでお話しましょ」


 ニーナ様の提案にアイエル様は「うん」と頷き、椅子に腰掛ける。

 僕はすかさず「お茶を準備いたしますね」と一声かけると、ティーセットを鞄から取り出し、人数分のお茶を用意した。


「それにしても珍しいですね。 ニーナ様とシュエ様が二人だけでおられるなんて」


 僕がそう言うと二人は顔を見合わせ。


「うん。 なんか早く来ちゃったらニーナちゃんも談話室に居て、教室で待ってても仕方ないから皆が来るまで二人で話してたの」

「ええ、とても有意義でしたわ」


 そうシュエとニーナ様は僕の顔を見て「クスっ」と笑う。 いったい何をはなしてたのやら……

 それから暫く他愛も無い会話を楽しんだ僕達は、出迎えてくれた男性教員に、早く教室に行く様に注意され、慌てて二階の教室へと向かった。


 ◆


 教室には、いつの間にか僕達以外の生徒は席に着き、先生が来るのを待っていた。 どうやら僕達が最後みたいだ。 教室に居る皆の視線が僕たちに突き刺さる。 アイエル様は萎縮してしまい、僕の影に隠れる。


「大丈夫ですよ、アイエル様。 これから教室の皆とも仲良くなっていきましょう」


 僕がそう言うと「う… うん……」と頷く。 そして僕たちはそんな視線を無視して、慌てて後ろの方の空いている席に座った。


「怒られちゃったね」


 アイエル様が気恥ずかしそうに呟く。


「ええ、私も気付きませんでしたわ」

「うん。 時間が経つのがあっと言う間だったね」


 セシラ様を除く三人はそう小声で話す。 少しして、これから僕達の担当となる教員が教室に姿を現した。


「待たせたな!」


 現れたのは塔の前で生徒達を出迎えていた男性教員。 大きな声でそう言うと、後ろから続いて女性教員が姿を現す。 女性教員は僕達も知るローデンリー先生だった。 どうやら僕達新入生の担当らしい。

 二人は教壇に立つと黒板にカッカッと音を立てて名前を書く。


「これから君達の担任になるブライソン・ハイマーだ。 初等科の剣術教官を務める。 皆始めての学院生活で戸惑う事もあるかと思うが、分からない事があれば気軽に聞いてくれ」


 男性教員、ブライソン先生がそう挨拶すると、それに続いてローデンリー先生が挨拶する。


「副担任を務めるローデンリー・ハイマーよ。 初等科の魔術教官です。 学院に入学できた優秀な生徒達を担当できて嬉しく思うわ。 みんな宜しくね」


 ローデンリー先生はそう言って場を和ませる用に優しく僕達に挨拶する。 あれ? 二人ともハイマー姓を名乗ってるけど、どう言った関係なんだろう……

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