第七十九話「シュエの軌跡 身体強化」

「驚きました、シュエ様。 今の一撃はなかなかのものです。 剣先が急に加速した様に見えました」

「ありがと。 でも剣が手から飛んじゃった…… 手がじんじんする……」

「片手だったのが原因でしょう。 まずは両手でしっかり握る事から初めましょう」


 まぁ、その通り何だけど…… 抜刀の時はどうしても片手になっちゃうからね。 取り敢えず握力が付くまでは、抜刀は封印した方が良いかも……


「では、剣を拾って続きをしましょう。 今度は木剣を放さない様、しっかりと握って下さいね」


 私は「はい」と返事を返すと木剣を拾い、今度は両手で持って正面に構える。


「行きます!」


 私は肩の力を抜き、再びラフィークに木剣を振りかぶる。 腰を落としてくれてるとは言え、ラフィークとは身長やリーチの差がある。 普通に上段から攻めても、ラフィークには届かない。 ならばそこを利用して懐に潜り込むしかない。

 私はあえて何度かラフィークと打ち合い、ワザと何度か剣を受け止めさせる。

 そしてタイミングを見計らい、私は上段からの振り下ろしを、ラフィークに目掛けて打ち込む。 勿論ラフィークは今まで通り難なくそれを受け止める。 これは予想通り。 私はラフィークの木剣の下に潜り込む様に身を捻り、木剣を滑らせてさらに一歩踏み込み、ラフィークの懐に潜り込む。 これでラフィークは私の木剣が邪魔して攻撃する事も、捌く事も出来ないはず。 私は剣先がラフィークの木剣から外れるのを利用して、そのまま木剣を振り下ろした。

 しかし、私の攻撃はラフィークには届かなかった。

 流石エリート騎士。 ラフィークは咄嗟にもう片方の手で、私の木剣を持つ手を受け止めた。 しかし急な事で全身で彼の懐に飛び込んで居た事と、彼も思わず身を引いて体勢を崩してしまっていた事で、二人そろって仲良く倒れ込んでしまった。


「痛たたた……」


 ラフィークは私を抱き起こすと、驚きの表情を見せながら謝罪する。


「申し訳ありません、シュエ様。 しかし、驚きました。 シュエ様は何か剣術を習っておられたのですか? 流石に今の動きは予想できませんでした」


 流石に私が剣術の心得がある事くらい、私の動きを見れば分かるか……

 かと言って、変に実力を隠すと、時間を無駄にしそうだし、女神レーゼの言ってた帝国行きが、どんどん先延ばしになりかねない。 前世で剣術やってましたなんて言えないし、ここはごまかそう。


「なんか、身体が勝手に動いちゃいました…… 聖剣のおかげかな?」

「聖剣の…… なるほど、勇者として剣の扱いは必須ですからね。 神が授けて下さったのかも知れません」


 うまくごまかせたかな……


「そうですね、シュエ様の剣筋を見る限り、このまま実戦形式の訓練の方が良いかもしれません。 ただ、やはり圧倒的に身体が技量に追い付いていない様に見受けます」

「やっぱりそうですよね…… しばらくは身体作りが先決かな……」

「そうですね…… 後は身体強化を覚えるのも必須かと思います。

 勿論、自身の身体能力が元となりますので、基礎的な筋力や体力が無ければ、いくら身体強化したところで限界があるでしょうが、今のまま訓練するよりは効果があるかもしれません」

「身体強化?」


 私はラフィークに訊ねなおす。


「はい。 魔術に使うマナを利用した、近接戦闘における上位技術です。 これがなかなか難しくて、扱える者は少ないのですが」


 そう言ってラフィークはおどけて見せる。


「ラフィークは使えるの?」

「ええ、そのおかげで、私はこの歳で聖騎士長まで上り詰めたわけですから」

「なるほど……」


 確かにそんな力が使えれば、若くして騎士長まで上り詰めても不思議ではない。


「じゃあ、その身体強化をこれから教えもらえるのかな?」

「そうですね、これからの訓練は、身体強化を主体に置いて進めましょう」


 それから私は、ラフィークの指導の下、身体強化の仕方を教わった。

 私は元々魔法の使い方を覚えて居たので、その独特なマナの操作の仕方を覚えるのに、そこまで時間はかからなかった。

 私のこの身体でも簡単な石くらいなら握りつぶせるって凄くない? こんな力が使えるなら、確かに使えない人との差はかなりのものになると言える。

 なんでこんな便利な力、騎士団の方は皆覚えないのか、疑問に思ってラフィークに聞いて見たら、元々魔法を覚える事が難しかった人が、騎士を目指す事が多いらしく、魔法が使える人は逆に魔法使いとして生計を立てるので、わざわざ扱い方の難しい身体強化を覚えて、近接しなければ戦えない騎士職を目指す事が少ないらしい。

 確かに遠距離から攻撃できるなら、その方が安全だもんね……

 そんなこんなで、覚えたばかりの身体強化を試すべく、再びラフィークと模擬戦をする運びとなった。


 ◆


「シュエ様、身体強化を覚えたばかりなので、あまり無理はなされない様に……

 まずは身体強化の動きに、目と身体を慣らす事から始めましょう」

「分かった」


 私はそう言うと、身体強化すると再び手を鞘代わりに居合いの構えを取る。

 さっきは失敗したけど、この強化した身体で、どこまで再現できるかを試したかったからと言うのが、一番の理由んんだけど…

 ラフィークは最初と違って、今度は油断無く木剣を構えると私の動きを待った。 恐らくラフィークも今度は身体強化していると思おう。 いくら私が子供で非力な身体だとしても、身体強化すれば石も潰せるくらい強化されるので、大の大人でも身体強化なしでは対処できなくなる。 身体強化を前提に置く以上、対等に身体強化しなければ、訓練にならなくなる。


「シュエ様、先ほどは驚きましたが、今度は油断しませんよ」


 ラフィークはそう言って微笑む。


「じゃあ、行きますね」


 私は再び腰を下ろすと、思い切って地面を蹴り、ラフィークとの間合いを詰める。

 驚いた事に、たった一蹴りでもうラフィークが眼前に迫ってしまった。 これが身体強化の力…… そして、動体視力や思考も、同時に強化されているみたいで、私は慌てる事なくそのまま流れる様に抜刀した。

 ラフィークはそんな私の速度と抜刀速度に驚く事なく、今度は軽く一歩下がり、木剣で私の木剣を受ける為に動く。 やはりラフィークも身体強化しているみたいで、余裕を持って私の抜刀に対処してみせるあたり、相当ラフィークの身体強化は凄いらしい。

 そして、ぶつかり合うはずの木剣は、ぶつかる事無くお互いに振りぬく形で終えた。

 私は反動が来る事を予想してたんだけど、あっけなく振りぬけてしまった事で何が起こったのか理解できてない。 ラフィークも同じで、避けて受け止めたはずの私の剣の反動がない事に、驚きの表情を浮かべている。

 そして、スーと言う音と共に、ラフィークの手に持っていた木剣の剣先が中ほどから綺麗に滑り落ちた。


「「え?」」


 私とラフィークはお互いに変な声を漏らす。

 木剣が衝撃に耐えられなかったとか、そう言う問題じゃない。 それは確かに、真剣で木剣を斬った時と同じく、柄から先が綺麗に無くなっていた。


「うそ… 斬れちゃった……」


 そして、私の木剣を紙一重で避けたはずのラフィークの胸元は、服ごと綺麗に切り裂かれ、軽く血が流れている。 流石のラフィークも木剣で自身が負傷するとは思って居なかったらしく、もしまともに受け止めていたらと考え、顔を青くしている。


「しゅ… シュエ様…… い、今のはいったい……」


 どうしよう…… あたふたしながら言い訳を考える。 前世でも木刀で木刀を斬るなんて神業、できる人なんて見た事ない。 ありえない。 まさか、身体強化したから? でも身体強化で木剣まで強化されちゃったとか? よく分かんないけど、もしそうなら同じく身体強化しているラフィークの木剣も強化されてないとおかしい。 それをあっさり斬るとか意味不明すぎる…… とりあえず何か言わないと…


「せ… 聖剣の力? かな? ははは…」


 それから私とラフィークは、身体強化での模擬戦は中止する事にし、代わりに身体強化での動きに重点を置いた訓練に移行する事になった。

 だってあの後ラフィークは「流石勇者と言った所でしょうか…… 身体強化での訓練では、私の身が持ちそうもありませんね…」と言って苦笑いし、完全に身体強化した私との模擬戦を避ける様になった。

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