第四十話「二人…」
◆
ダリの街の路地裏に、俺とスゥーミラはフードを被り、スゥーミラが助けたと言う二人の子供達を尾行していた。
気配を殺し、気配を探り、一定距離を保って後を追う。
これでも一流の冒険者だ。 尾行対象に気取られぬ様に動く事は朝飯前だ。
スゥーミラはもともと気配隠蔽魔術を行使して、度々俺のベットに潜り込むほどの達人だ。 何時も俺の気配察知を掻い潜る手腕は、暗殺者にでもなれるんじゃないかと思う程だ。
スゥーミラの話だと、気配隠蔽魔術は、人の五感全てに干渉して、認識阻害するのがコツだそうだ。 説明されても魔術が得意でない俺には難しい技術だ。
しばらく二人で後を付けていると、少年と少女は格式の高そうな宿へと入っていった。
相手は貴族の令嬢と執事、泊まるところはそれなりの所を選んで居るのだろう…
「ヴィリー様、二人は宿を取ったみたいですね」
「ああ、念の為に俺たちも同じ宿にするぞ… スゥーミラは確保した宿のキャンセルをしてきてくれ」
「そんなぁ…」
残念そうにするスゥーミラ。 また良からぬ事を考えて居たのだろう。
「何か不都合でもあるのか?」
「な… 何でも無いです…」
そう言うとスゥーミラは、しぶしぶ街の中へと消えていく。
残った俺は様子を覗ってから宿へ入り、先に宿を取った二人の少年少女を、内密に護衛していると嘘の事情を説明しすると、宿の主人は
だが、困った事にこの宿、なかなかの高級宿で、一泊銀貨一枚もする部屋しかない、貴族御用達の宿だった。 そこそこ程度の良い宿でも、一泊小銀貨二枚~三枚と言った所。 普通の冒険者が泊まる宿なら銅貨五枚~小銀貨1枚くらいまでだ。 二人が泊まった宿がどれほど高級宿か分かるだろうか?
さすが貴族のご令嬢と執事だ。 泊まるところに金の糸目を付けないと言った所か… いくらバロンメダルの俺でも、二部屋用意するのは気が引けた。 俺はしぶしぶ二人部屋を用意し、スゥーミラを待ちながら二人の動向を監視した。
◆
暫くして、宿のキャンセルに行っていたスゥーミラが、ノックと共に部屋の中へと入ってくる。 宿の主人に連れが後から来ると言って置いたので、俺の名前を出して案内してもらったのだろう。 俺も直ぐに動ける様に部屋に鍵は掛けていなかったので、スゥーミラは有無を言わさず入って来た。
「ヴィリー様、二人の様子はどうですか?」
「今のところ動きは無いな…」
「大峡谷に向かうの、ちゃんと諦めてくれたんですかね?」
「まだ何とも言えないな…」
そう言いながらも俺は子供達気配を探り続ける。
「ヴィリー様はお優しいですよね…」
「俺が?」
「はい… 見ず知らずだった私も命懸けで助けくれたし、今もこうやって出会ったばかりの二人の子供を、心配して尾行までして」
「俺はただ無茶をして、早くに命を散らすかも知れない子供達を、捨て置けないだけだ」
「照れなくても良いのにぃ」
そう言って彼女はニヤケる。
「ほっとけ」
俺はそう言って照れ隠しに後ろを向いて頭をかく。
そんな俺に、彼女は後ろから抱き着いてきた。
「何のつもりだ?」
「何か照れるヴィリー様も良いなって思っちゃってつい…」
背中越しに彼女の温もりを感じる。
彼女の柔らかな胸が押し当てられて動くに動けない…
俺の意識が彼女の胸に集中していると、彼女はぼそりと呟く。
「ねぇ… ヴィリー様…
やっぱり私じゃダメですか?」
「……」
俺は返す言葉が浮かばなかった。
彼女と出会ってからもう二年になる。 最初こそ何だコイツはと思ったし、正直対人関係の得意でない俺には、相手にするのが面倒で仕方なかった。
どう対処して良いかも分からなかったしな…
しかし、健気にもこんな俺に尽くす彼女は、何時も一生懸命で、バカだけど何故か憎めなかった。
こうやって二人で旅をしていて、尽くされ続けているのに俺はそれに応えていないのだ。 なんだか彼女に悪い事をしている気がしてくる。
ただ、俺はずっと独りだった。 彼女の気持ちに応えて今の関係が崩れてしまうのが怖かった。
俺が答えないでいると、スゥーミラは部屋を見渡して呟く。
「あの… ヴィリー様? 二人部屋にしたんですね…」
「あ… ああ… 宿の代金が思ったより高かったんでな、仕方なく二人部屋にした。
た… 他意はないからな!」
一応断っておく。 変な誤解されても面倒だし、スゥーミラなら襲って来かねない。
「本当ですかぁ?」
彼女はジト目で俺を見つめてくる。
「ないったらない!」
そう言って俺は否定しようと慌てて振り返ったら、スゥーミラは俺に弾かれる形で体勢を崩してしまった。 このままでは俺のせいで彼女が怪我をしてしまうかもしれない。 俺は思わず「スゥーミラ!」と叫び彼女を手で引っ張り返した。
そして咄嗟の事で俺も体勢を崩し、戻って来たスゥーミラ共々ベットに倒れ込んでしまった。
「す… すまない…」
「…… えっと…… はい…」
俺が彼女をベットに押し倒した見たいな構図に、デジャヴを覚えるが、彼女は少し違った様だ。
「ヴィリー様… 初めて私の事名前で呼んでくれましたね。 嬉しいです」
彼女はそう言って、凄く嬉しそうに頬を染める。
思っていた反応と違い、俺も気恥ずかしくなる。 無意識とは言え、彼女を名前で呼んだ事に自分でも驚いている。
「えっと… その…」
俺が何て言って良いか分からないで居ると、スゥーミラはそっと俺に手を重ねてきた。
「ヴィリー様さえ良ければ、これからも名前で呼んでくれると嬉しいです…」
「いや… 何かな……」
「呼んでくれないんですか?」
俺が照れて言葉を濁すと、スゥーミラは悲しそうな顔をする。
何かスゥーミラのそんな顔を見たくないと思えた。
「ぁあもう! 分かった。 呼べば良いんだろ呼べばっ」
俺は頭を掻きながら、やけくそ気味に名前で呼ぶ事に同意する。
「ヴィリー様… もう一度名前で呼んで欲しいです」
するとスゥーミラは嬉しそうに俺に微笑みかけ、悪戯っぽくそう言う。
俺はため息をついてから、「スゥーミラ……」と呟く様に名前を呼ぶ。
スゥーミラは目を細め、満足げだ。
俺はそんな彼女にデコピンをしてから「調子に乗るな」と付け加え、彼女から離れようとした。
しかし、今度はスゥーミラから俺に近づき、そのまま彼女は俺の唇に唇を重ねて、俺をベットに押し倒した。
突然の事に俺は頭が真っ白になり、目の前の彼女顔をただ目を見開いて見つめる事しかできなかった。
重ねた唇から伝わる彼女の甘い香りと柔らかな感覚、そして息遣いが肌を撫でる。
彼女はただ目をつむり、俺の口に舌を絡ませる。
俺は我に返り、慌ててスゥーミラの肩を掴んで引き離す。
「な… 何を…」
早鳴る鼓動を感じながらも、俺はかろうじてそう呟く。
スゥーミラは無言で俺を見つめ返し、頬を染めて目を潤ませる。 混乱する俺は、そんな彼女から目を放せなかった。
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