93、隠し玉

「相も変わらず悪趣味な新薬開発に執心みたいだな。今回のことは、全てお前の〝実験〟の一環だったのか」

「うんうん、だって実際に使ってみないと分かんない事って多いしぃ? どうせなら人の多いとこでやった方が楽しそうかなぁって」


 人の命を紙切れのように扱いながら、こうやって無邪気に笑う。あの頃から変わらず……いや、あの時よりも更にイカれてる。


「……実験するにしても〝表〟を使うな。明らかな〝外れた〟行為だ」

「はーい、次から気を付けまぁす」


「次なんかない。ここで終わりだと言ったはずだ」

「きゃはっ……さてさて、突然ですがここでヴェネちゃんに一つ問題で~っす、じゃじゃん!」


 会議室の緊迫した状況、四面楚歌の現状などどこ吹く風で、彼女はどこまでも陽気に、口の端を釣り上げた。


「お薬ってさぁ、体の中に混じっちゃった変なヤツをぶっ殺すために、外から別の変なヤツを放り込んで殺し合わせるモノなわけじゃん?」

「だから何だ」


「でもでも、それってお薬だけの専売特許だけじゃないんだよねぇ。口から放り込むしか方法がないわけじゃない、って話。分っかるっかな?」

「…………」


 リーヴァルは法術の達人だが、それだけでなく薬学にも精通している。恐らく、ヴェネには想定もできない方法で薬を盛ることもできるだろう。


 だが、なぜそんな事を敵に考察させる? そこに何の意味が……、


「ヴェネさん、これは時間稼ぎか何かでは?」


 と、ミオナが小声でぼそりと。ヴェネも前を見据えたまま聞く。


「話を聞きだすにせよ、一度拘束してからの方がいいかと。傷を瞬時に治されるようですが、私の〝巻き蜘蛛ま  ぐも〟を使えば拘束可能でしょう」


 〝巻き蜘蛛〟は、彼女の使うクモの巣を撃ち出す銃の名前らしい。母であるライラとの差を少しでも埋めるべく特注したようで、殺傷する事よりも捕らえる事に重きを置いている。


「確かにね。でも、あいつがここに来る理由はそもそもない。僕達が重役達から黒幕の情報を引き出す前にとっとと逃げてしまえば追跡は困難だ。何らかの隠し玉を持っていると考えた方がいい」

「それを探るべき、ですか。分かりました」


 容易ならざる相手であることを、ヴェネはこの中の誰よりも知っている。急いては事を仕損じる……今はまだ、慎重に立ち回らなければ。


「ヴェネちゃんってば、まだ分からない? 仕方ないにゃあ、それじゃあ大ヒント!」


 ヴェネ達の思惑に気付いているのかいないのか、リーヴァルは変わらぬ調子で言葉を紡ぐ。


「どうして今日を強制捜査の日に選んだのか、思い出してみよっかぁ?」


(どうして……? 重役達が全員参加する会議があったからだ……じゃあ、なぜ全員集まっていたのか? 今日が予防せっ……まさかっ!?)


 ようやくそれに気づけたヴェネは血相を変え、重役達を拘束している〝烏〟とサイネアに向かって叫んだ。


「今すぐ重役から離れろ!」

「なに……? ミラージュ、どういう、っ!?」


 まるでこの時を狙い済ましたかのように、それは始まった。


 混乱に包まれる会議室を見やり、リーヴァルは可愛らしく小首を傾げて笑った。


「きゃはっ、楽しいショーの始まり始まりぃ♪」


 無邪気に、そして何より酷薄に。

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