91、まだ終われない

 嗚咽交じりの泣き声が、沁み渡るように会議室を満たして行く。けれどそこに悲痛な色合いはなく、優しさに溢れているように感じられた。


 雪は降り止むどころか、より一層その勢いを強めている。雪化粧が施されかけている街並みを見やり、ヴェネは薄く息を吐いた。


 模倣犯事件が発生してから一ヶ月と少し。短いようで長かった、と思う。これでライラさんの汚名を少しは晴らせただろうか。


(……いや、まだだ)


 重要なのはここから。ヴェネには、この場で絶対に明らかにせねばならない事がもう1つだけあった。


「さぁ、観念してもらったところで答えて貰う」


 重役のリーダー格に問いかける。彼は憔悴しながらも、ふてぶてしい視線で応えた。


「……何をだ」

「あの薬、どこで手に入れた?」


 カロンを見やる。彼は例の薬の入ったクリアケースを取出し、こちらに投げて寄越した。


「これは超能、そして人獣化を誘発する。どちらも超常現象の類だ。〝盾〟に属するお前達が易々と手に入れられるような代物じゃない。それをどうやって手に入れた?」

「…………」

「吐け」


 ナイフを突きつける。重役は他の重役と目配せし、口を開こうとする。


 が、言葉は出ず、掠れた息を吐くばかり。ヴェネの短剣に怯えている……いや、声を出そうとしているのに上手く紡げていないように見える。


(……話す事を禁じられてる? 法術か)


 模倣犯達に施されていたらしき〝暗示〟の法術の可能性が高い。となると、やはりまだ裏で糸を引いている存在がいるのか。


 が、その〝暗示〟に引っ掛からない部分から情報を引き出す事は出来るはず。外堀を埋めていけば、いつかは真実に辿り着けるはず。


 仕方ない、長期戦だ。ヴェネが次に投げかける質問を思案し始めたその時、


『塩以外の調味料フル投入で味付けしちゃったスペシャル』、お待ちどうさまで~す!」


 場違いにも程がある甲高い声が、静まり返った会議室に雪崩れ込んできた。


 会議室に足を踏み入れたのは、エプロンを身に纏った少女だった。手にしたトレイには大量のおにぎりが並べられていて、それが余計に場違い感を助長している。


「あ、あれ? 聞いてたより人数が多いけどぉ……数、足りないかも」

「り、リーちゃん!? な、なんでここに……」


 少女に詰め寄りながらウェレイが言う。彼女は黒金色が特徴的なツインテールを持ち上げるように首を傾げた。


「いやさ、重役のおじいちゃん達が大切な会議をしてるって聞いたから、差し入れしてあげよっかな、って思って。今ウチ休憩中だしぃ」

「いや、この会議室はバイトどころか一般社員ですら立ち入り禁止だし、そもそもこの階層に来るには専用のカードキーが」

「ウェレイさん」


 ヴェネはウェレイの肩に手を置いた。びくぅ、と彼女の肩が跳ねる。


「あ、えと、ごめんねヴェネ君。この子は食堂のバイトで、すぐに下に帰すから」

「その必要はないよ」


 え? と訊き返すウェレイ。と同時、どごっと鈍い音、がしゃんと耳障りな音が連続する。


 テレポートで少女との距離を詰めたヴェネの回し蹴りが突き刺さり、少女が壁に叩きつけられ、弾みで落下した皿がおにぎりを踏み潰しながら砕け散った音だ。


「ようやく合点がいった……確かに、お前なら〝全部〟可能だ」


 ずるりと地に落ちた少女に、ヴェネは心の底から嫌悪を吐き捨てた。


 彼女は、笑っている。本当に、本当に、愉しそうに。


「でももう終わりだ。死ね。リーヴァル・レインヴェール」

「……きゃはっ♪」


 ヴェネはメガネを押し上げる。少女――リーヴァルはゆらりと幽鬼の様に立ち上がる。


 そして、衝突。

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