89、激昂

「我がスコルピオを踏み荒らしたのは他ならぬ貴様だろうが! 貴様さえ、貴様さえ余計な真似をしなければぁぁ!」

「お、おい! 早く黙らせろ!」


「カロンさん、大丈夫です。……で、あたしが余計な真似をしなければ何だって?」


 カロンと呼ばれた捜査官を手で抑え、ウェレイが重役に歩み寄る。


 背筋が震えた。冷ややかな声を絞り出す彼女が、今までに見たどの愛娘よりも寒気を覚える目をしていたから。


「ぬ、ぅ……」

「あたしのやってる事がお気に召さないんだろ? それとも、あんた達のやった事がどれだけ素晴らしい事だったのかを教えてくれるの? ほら言えよジジイ」


 気圧されたのは重役も一緒だった。言葉を詰まらせる彼に、ウェレイは抑揚の消えた平板な、けれど怒りの滲み出た語り口で続ける。


「ぐ……わ、我らは先代の遺志を継ぎ」

「嘘だね。今回の事件で犠牲になった人達と違って、あんた達は先代に心酔してるフリをしてただけの寄生虫。そんな崇高な意識なんてない」


「き、貴様に何が分かる……! 我らは先代の死後、スコルピオの為に心を砕いて」

「だから違うだろうが……バカみたいな指示出して社長に仕事押し付けて茶ぁ啜ってるだけで金が貰える簡単なお仕事を続けたかったって正直に言えよ、あぁ!?」


 弁解の言葉を噛み潰し、ウェレイもまた、吠えた。


「あんた達の気まぐれなどーでもいい指示で、下の人達がどんだけ迷惑してると思ってんの? 次から次へと増えてく仕事と終わりの見えない残業がキツくて泣きながら辞めてった子の名前、全部並べてやろうか? ねぇ」


 凶悪なまでに舌鋒鋭く、怒りと憎しみを渦巻かせて。


「知ってる? あんた達が〝貢献〟してると思ってやった事が、どんだけ会社の重荷になってたかをさ? 知らないよなぁ、知るわけないよなぁ。まともに聞こえなくなったジジイの耳は都合の悪い事は何一つ聞き取れなくなってるもんなぁ!?」

「な、ぐ……」


 老人達は互いに顔を見合わせ、渋面になりながらも言葉を飲み込んだ。


「て言うか、さっき〝我がスコルピオ〟とか言ってた? ざけんな。この会社はお父さんが先代から継いだ会社だ。重役の役目は社長をサポートする事。その社長を抑え付けて会社を私物化して悦に浸ってる小悪党がほざくな」


 誰もが、ウェレイの言葉に耳を傾けていた。誰も、言葉を差し挟めない。その言葉はきっと、彼女程の熱量を持ってはいないだろうから。


「先代の為とか言って、あんた達がやってんのはただの保身、あと金の為。知ってるよ? 会社としての裏取引だけじゃなく、あんた達個人で裏取引に手を出して小遣い稼ぎしてる事」

「くっ……裕福な暮らしを望む事の、何が悪い……っ!」


「何が悪い? ジジイの余生の為に無関係の人を巻き込んだ事、全部よ。ほら喜べよ、老い先短い金の亡者共。死ぬまで金の心配なんかせず、檻の中で暮らせるんだからさぁ!?」

「ウェレイ……」


 鬼気迫る……などという表現ではまだ、生温いだろうか。


 激昂した愛娘の気迫は苛烈で、狂気すらも感じられた。重役も何人かは呆然自失といった表情で目を泳がせている。

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