55、スコルピオの秘密
なんだか微妙な空気になってしまった。と、それを払うようにパンとヴェネが手を打つ。
「んじゃまぁ、これで大方終わりって事で良いかな? 他に何か聞きたい事とかある?」
「いや、十分だ。課長は必要な情報を最低限だけ俺達に渡すからな。捜査資料で補完は出来るが、やはり現場で意見交換をするのが一番だ」
「変わってないねぇ、そっちも」
サイネアが懐から道具を取り出す。淡い光を放つそれを握りしめようとするが、
「……いや、もう1つ訊こう。ミラージュ、最近スコルピオ製武具会社を訪問したと聞いたが」
「? うん、行ったけど」
「本来、〝烏〟の人員が向かう予定だった案件らしいな。それを何故お前が? 何か気に掛かる事でもあったのか?」
「とある情報筋で、ちょっと探りを入れたかったってだけ」
……スコルピオと言う会社についてはよく知らないけれど、もしかしてレミリィさんから買った情報の事だろうか。
2人は無言で視線だけかわす。張り詰めた空気は、サイネアが目線を外した事で弛緩した。
「まぁ、いい。今は一連の事件を解決に導ければ、それでいい」
「だね。で、いきなり何でそんな事を? 君こそ、スコルピオで気になる事が?」
「ああ……これは〝
〝梟〟……正式名称、『潜み待つ梟』。脱税、賄賂などを始めとした組織犯罪を扱う、捜査二課を指す。
最大の規模を誇る捜査一課よりは目立たないので、世間的な認知度も低い。が、新興企業が毎日のように流れ込んでくるここヴァーヌミリアでは、下手をすると〝烏〟よりも多忙を極めているとされるような課でもある。
けど、〝梟〟……? 人獣事件、模倣犯事件共に〝烏〟が扱うべき殺人事件なのに、どんな話なのだろうか。
サイネアは少し言い澱み、防諜の道具が機能している事を再度確認しながら言葉を継いだ。
「そのスコルピオ製武具会社は今、裏取引に手を染めているらしいぞ?」
「へぇ、それはまた」
「とは言っても、そこまで深い取引をしていたわけではないらしいし、最近は手を引こうとしているらしい。警戒度は最低のGランクまで落ちているようだな」
「なるほど」
一企業が裏取引を行っている、という話を、治安維持機関である〝大鷲〟の捜査官2人がしている……にしては、どこか淡白なやり取り。
それも仕方ない。もしこれが他の国であれば深刻な話になるのかもしれないが、ヴァーヌミリアは違う。
忌むべき戦争が各国の軍事技術、つまり〝力〟を飛躍的に進歩させるように、〝裏〟、もしくは犯罪と言った負の側面は、必ずしも悪とはならない。〝力〟の成長を望む人間が多く居座るこの国は、その傾向が顕著だ。
それもあり、裏取引と呼ばれるものは〝大鷲〟と〝土竜〟の両者に監視されながら、度を過ぎたものだけが規制されるような状況下で日常的に行われているのだ。
「けどまぁ、一応〝大鷲〟のスポンサー企業なんだから、そこが裏取引って言うのはGランクとは言え望ましくないのかな?」
「お偉方が放置している以上、大丈夫なんだろうな。もしもそれが世間に知られたら、容赦なく関係を切るだろうが」
裏取引をするのは別に構わない。それがヴァーヌミリアの経済、ひいては〝力〟を発達させる一助となるのであれば、妨げる理由は無い。
だけど、やるのであれば覚悟を持って〝上手くやれ〟。善良な市民に知れればどうしてもイメージダウンは免れないし、そこまでフォローしてやる義理も無い。
それが出来ない企業は所詮、三流に過ぎない……という方針なのだろう、〝大鷲〟は。
もしも〝土竜〟のスポンサー企業がそんな下手な裏取引で私腹を肥やしていたとしたら……ありとあらゆる手を尽くして〝上手くやらせる〟ように圧力を、場合によっては助力するだろう。この辺りは〝表〟と〝裏〟の違いか。
「お前の睨んでいるようにスコルピオがこの事件に少しでも関係があるのなら、必要な情報だろうと思った。それだけだ」
「そっか、ありがと」
「だが、忘れるなよ。前提として、スコルピオは今回の事件で死者を出した〝被害者〟だ。それを気遣うべき〝大鷲〟の手で不用意に事を荒立てれば、世論は火に油だぞ」
「分かってるって」
分かってる……のかな。傍から聞いているミオナですらそんな事を思うくらい、ヴェネの言葉は軽い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます