50、かごの中の鳥

 と、2人をぼんやり眺めていたミオナは、遅れて立ち上がった。


「あ、あの! 私はどうすれば」

「別に。好きにすれば? もう必要な事は大体話し合ったでしょ」


 素っ気なく言うエレノア。ヴェネが苦笑する。


「はは……まぁ、これに関しては僕とエレちゃんだけでどうにかなるから、ミオナさんはもう帰った方が良いよ。ただでさえ怪我してるんだから」

「ぅ……」


 無理をするな、と気遣ってくれているんだろう。それは分かる。


 でも、お前が役に立てる事はもうない、と言われてる気がして。そう思ってしまう捻くれた自分に、そう思わざるを得ないくらいに弱い自分に、嫌気がさした。


「電気を消す必要はないし、鍵を気にする必要も無い。好きな時に帰りなさい。わたしの飴に手を出したら殺すけど」


 そう言って〝燕の巣〟を出ていくエレノア。


「エレちゃんは照れ屋だから、あんまり気にしないでね。それじゃ、また明日」

「あ、はい。って、待ち合わせの喫茶店はどこの喫茶店ですか?」


「あー……うん、説明がめんどくさいから、一度合流してから一緒に行こう。明日の朝11時に〝大鷲〟のエントランスに集合って事で」

「は? いや、それじゃ結局また〝大鷲〟に足を運ばなきゃ……ちょっと、ヴェネさん!?」


 言い終わるより先に、ヴェネはエレノアを追って出て行ってしまった。急いで後を追おうとするも、部屋の外から漏れ聞こえてくる喧騒がミオナの足を止めさせる。


 〝土竜〟の人間である事がバレるのは、やはり望ましくない。もう少し人気が薄まってから、ひっそりと帰るべきだ。


 さながら、かごの中の鳥。ホント、なんでこんな状況に追い込まれてるんだろう、私は。


「まったく……母さんの雑さと強引さを思い出しますね」


 窓の外を見やる。陽の光はどこへか消えてしまい、代わりにネオンの光が夜の街並みで幅を利かせ始めていた。


 再び取り残された格好のミオナは、どさりとソファーに体重を預けた。少し気が抜けたからか、一気に体が重く感じられた。


(……そもそも、彼はいつ母さんと知り合ったんだろう)


 ヴェネは〝雲狐〟、ライラ・ヴァイルブスを『恩人』だと言っていた。『憧れ』だとも言った。


 それだけでは当然、2人の出会いを想像する事すら難しい。〝雲狐〟は義賊として貧しい者を救う活動をする事も多かったので、〝裏〟の人間には珍しく誰かに感謝される事が多い人でもあったわけだし。


 でも、彼の態度からはそれ以上の感情が見え隠れしているようにも思えて。


「ヴェネ・ミラージュ、ですか」


 その名の通り、蜃気楼ミラージュのように捉え所がない。別に歩み寄る気もないけど。


(まぁ、それは今はいいです。そんな事よりも……!)


 ミオナは残されたコーヒーを一気に喉に流し込む。そして、どのタイミングで部屋を出ればもっとも人目に触れにくいか、という最大の懸念事項を真面目に思案するのだった。

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