32、最後の足掻き

 自分を、そして自分の触れているものを瞬間的にこの世から抹消し、その一瞬の内に物理法則から解放された別次元の中を動く事で、障害物などをことごとく無視して数メートルから十数メートルほど移動する。それが空間跳躍という〝力〟だ。


「ぎっ……!?」


 次元の狭間から降り立ち、呻くように声を漏らす男の心臓からナイフを引き抜く。残りは、3人。


「不殺ってのは、結局は世間体を取り繕うための方便だよ? 〝土竜〟の方が適任だから基本丸投げしてるってだけで」

「ちくしょう、殺せ! 殺しちまえ!」


 炎が撃ち出され、風の刃が迫り、辺りに落ちていた角材が飛来する。ヴェネはそれを空間跳躍で回避しつつ、ナイフを振るう。


 生き残った2人は明らかに狼狽していて、互いに顔を見合わせながら更に距離を取ろうとする。この程度の距離、あって無いようなものなのになぁ。ヴェネは淡々と続けた。


「相手が単独犯ならちょっと慎重になった方が良いだろうけど、君達みたいな複数犯だと楽なんだよね。聴取は最悪、1人残しとけば出来るし」

「くそっ……バケモノがぁ!」


 破れかぶれの反撃。もはや空間跳躍で避けるまでも無い。


 ヴェネは鋭く黒装束の男の懐に飛び込み、一刺し。最後には、炎の男だけが残った。


 彼を選んだ理由は2つ。リーダー格っぽかった事と、純粋に炎の超能相手だと殺しにくそうだったから。


「超能をオモチャ感覚で振り回して楽しかった? そりゃそうだよね。簡単に人を殺せるし、さっきみたいな爆発も起こせる。何でも出来る、とか考えたんじゃないかな?」


 ミオナの傍に立ち、ヴェネは笑う。炎の男は鼻白む。


 それは正しく、狩る者と狩られる者。


「でもお生憎様。僕らは並みの犯罪者クズよりもよっぽどか殺人常習者なんだよね」

「あ、ぐ、ぅぅぅう」


 2度と立ち上がらない仲間を見回し、歯を食い縛る男。その瞳は諦念の色を湛えつつあったが、不意に犬歯を剥き出しにして吠えた。


「ぅぅぅぅぅぉぉぉおおおあああ舐めてんじゃ、ねぇぞぉぉぉぁぁぁああああああ!!」


 炎の体が揺らめき、膨張していく。男はその膨大な量の炎を右手に集約させ、気合一閃、勢い良く振り抜いた。


 狭いエントランスを這うように進む、視界を覆い尽くす程の火炎放射……否。それはもはや炎の壁だ。無意識にか一歩退くミオナの肩に手を置いたヴェネは、


「ひゃっ!?」


 空間跳躍。ミオナと共に炎の壁をすり抜け、男の横に降り立つ。


 次元を超える、という感覚を初めて味わったのだろう。ミオナの素っ頓狂な悲鳴を耳に刻み込みつつ、ヴェネは男の首筋目掛けて手刀を振るった。


 体を炎化させてはいても、実体が無くなったわけではない。炎に焼かれた手刀が太い首を確かに打ち据え、男の動きが鈍る。


 そして、追撃。男はようやく気絶した。


 膝を屈し、ゆっくりと倒れ伏す。赤く揺らめいた顔が、体が、燻るように鎮火して肉の体を取り戻して行く。


 ずれたメガネを直し、焦げかけた右手を振って冷ましながらヴェネは笑う。


「今の可愛らしい声、声真似じゃなくて素だよね? ミオナさん」

「だ、黙って下さい! ……救援には、感謝しますが」


 まだ仄暗い早朝の薄闇の中、ミオナは赤らんだ顔をパッと逸らした。

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