26、おばちゃん

 お互いの距離感をぼんやりと掴んだ2人は、社員食堂の奥へと進んでいく。


 食堂の中にはスコルピオの社員だけでなく、来客らしき姿もちらほら見受けられた。1階に設けられている事もあって、敷居は低いようだ。


 注文をする声、それに応える声。入り乱れる掛け合いが活気に満ちた空間を演出する。さながらどこかの学校の学生食堂のような、若さを孕んだ熱気が渦巻いていた。


「そういえば、さっきの人って重役なんですよね」

「へ? あー、うん。そうだね」


 歯切れ悪く言い、ウェレイは小さく息を吐いた。


「他にも重役はいるんだけど、さっきの人はその中のリーダーみたいなもんかな」

「なるほど。随分と元気な人でしたね」


「ん。ウチの会社が出来た当初からいる最古参組で、会社を大きくするのに大分貢献したらしいよ。話で聞いただけだけど」

「あぁそっか。この会社、先代社長の一代叩き上げで大きくしたんですよね」


 食堂の中ほどまで歩むと、一気に人いきれが薄まった。昼休憩の終わりに合わせて波が引いているのだろう。確かにウェレイの言う通り、昼食を取るにはいい時間帯のようだ。


「ま、その先代のくそジジイが死んじゃって色々あったんだけど……じゃなくて! ほらほら、今から美味しいランチなのに仕事の話は無し無し!」


 八重歯を覗かせて無邪気に笑うウェレイ。やっぱりこの人は美人と言うより、可愛らしいと言った方が似合う。


 少し強引に話題を変えたのは、こちらがスコルピオの内情に触れかけてしまったのかな。無難な話で繋げようと思ってたんだけど。


 少し反省して口を噤む中、2人は人気の少なくなったカウンターの前に辿り着いた。


「おや、ウェレイちゃんじゃないかい」


 と、カウンターの奥にいた恰幅の良い女性が豪快に笑いながら近寄って来る。


「あ、おばちゃんだ。やっほ~~」

「はは、相変わらず明るいねぇ……っておやおや? ウェレイちゃん、いつの間に男なんて作ったんだい? 社長が泣くよ?」


 ヴェネをちらと見やって、女性はにやりと笑った。ウェレイが慌てて首を振る。


「ちょ、ちょっとおばちゃん! ヴェネ君はそんなんじゃなくて」

「う~ん、傍からだとそう見えるのかな? 嬉しいなぁ」

「そこ! 勝手な事言ってないで否定して!」


 苦笑交じりに事情を説明。ヴェネが捜査官である事を告げても尚、おばちゃんは全く態度を翻さない。


「へぇ、〝大鷲〟のねぇ。あんたみたいに若いのが大したもんだ」

「僕より5つも下の女の子捜査官もいますよ~」


「そりゃびっくりだ! 〝大鷲〟に年齢制限ってないんだねぇ」

「実力主義の世知辛い職場なもんで」


 おばちゃんは一しきり感心した後、まぁまずは注文しな、と上のメニューを親指で指す。ヴェネはひとまずオススメだという料理を頼み、


「ウェレイさんはどうします?」

「どうしよっかなぁ。さくっと食べれるおにぎりセットとかでも」


 ぐぅぅぅぅぅぅ!


 自己主張の激しい音が情けなく響き渡る。食堂に満ちた匂いに抗えなかったらしい。ヴェネは思わず腹の虫の出所である社長秘書を見やり、何となく顔を逸らした。


 で、注文は? 笑いを必死にこらえながら澄まし顔で尋ねるおばちゃん。ウェレイは一瞬で茹で上がった赤面を伏せて、ぼそりと言う。


「……おばちゃん。ヴェネ君と同じやつ」

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