18、特権
「ぎっいいィィぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁあ!?!」
裏路地に木霊する悲痛な叫び声。本来曲がるはずの無い方向に曲げられた腕が形作る、歪なシルエット。取り巻き達が目を剥いた。
「て、てめぇ!? イカれてんのか、何しやがる!」
「ん? 何って、お仕置き?」
「ふざけんな! も、もう勝負はついただろうが!」
「はは、勝負はついた? ホントの殺し合いでそんな言い訳が通用するのかな?」
ヴェネは飄々と受け流し、人差し指を立てた。
「あ、そうそう。もし他にも喧嘩したいお猿さんがいたら挙手してね? その挙げた手、片っ端から折ってあげるからさ」
すぐさま黙りこむ取り巻き達。分かりやすいお猿さん達だなぁ、と一つ頷き、
「怖かったら別に逃げても良いよ? 1人逃げるごとに、彼の骨が追加で1本ずつ折れてくけど。7人全員が逃げたらどこまで折れるか、試してみる?」
痛みに喘ぐリーダーの顔が、更なる激痛を想像してか真っ青になっていく。
取り巻き達は怯えた様子ながら、互いを励ますように顔を見合わせた。その場から逃げ出そうとする者はいない。
ヴェネは満足気に微笑んで男の背中から足をどけ、ぱんと手を打った。
「うん、美しきは友情だね。じゃあ……そうだね、ついでにもう1つお勉強しよっか」
はい、ちゅーもーく。呑気に声を上げ、
「僕は〝燕〟っていう課に所属してるんだ。聞いた事無いでしょ? あんまり健全なところじゃないから、大っぴらに宣伝すると〝大鷲〟のイメージが悪くなりかねなくてさ」
あれ、どこだったかな。次第にページをめくる手が早くなる中、ヴェネは続ける。
「で、どこが健全じゃないかって言うと、〝燕〟の『特権』の……あ、あった。ほら見て」
ようやく目的のページを探し当てたヴェネは、しかし顎に手を当てて唸る。
「……うーん、分かりにくいなぁ。どうしてこういう法律だとかの文章は小難しい事ばっかり書くんだか」
まぁ、いいか。必要なとこだけ見て貰えば。
「ほら、ここ見て」
倒れ伏したままのリーダーの眼前に、開いたページを提示する。止まらない鼻血と腕の痛みに喘ぎながらも、彼は素直にヴェネが指差した個所に瞳を据えた。
「燕の特権、7つ目のヤツね。はい、声に出して読んでみて?」
「……、……っ!?」
顔を青くして言葉を失う男。ヴェネは笑みを深くする。
「どうしたの? これくらい読めるでしょ。読めなかったら〝お仕置き〟ね」
「っ、ま、『舞い散る燕』の構成員は、捜査の過程で被疑者を、し、死に至らしめたとしても、特例として法に、罰せられ、ない……っ」
恐怖に彩られた静寂が辺りを包む。ヴェネの拍手がそれを破った。
「はい、良く出来ました。罰せられない、って言い方がされてるけど、実際は必要ならどんどんぶっ殺しちゃえ、が実状かな。俗な言い方をすれば〝殺人権〟って感じ?」
「……んだよ、それ、馬鹿げてるだろ……!」
「ははは。まぁ、そうだろうねぇ」
分かっている。彼らの感性は正しく、おかしいのはこちら側だ。
でも、それでいい。〝必要悪〟なんて往々にしてそんなものだ。
「僕はさぁ、犯罪が大っっっっっっっっっ嫌いなんだよ。何の関係もない普通の人を自分勝手に巻き込んで一気に不幸にするとか、何様なんだろうね」
努めて柔らかく言ったつもりだったが、男達は怯えたように声を漏らした。
「僕らの『特権』は、そんな自分勝手な
「……のが……れ」
掠れた声。ヴェネはわざとらしく首を傾げる。
「ん? 大きな声でもう一度」
「見逃して、くれ……もう、やらねぇ。やらねぇから……!」
大粒の涙を流すリーダーに感化されたか、取り巻き達も口々に謝罪の言葉と共に赦しを乞い始める。数分前の彼らに是非とも見せてあげたい光景だ。
「ん、どうしよっかなぁ? 言葉だけなら何とでも言え」
「もうその辺にしておいたらいかがですか」
と、背後からの声が遮る。ミオナだ。
無事に少女を表通りまで送り届けて来たらしい。端正な顔立ちに険を浮かべてこちらに歩み寄り、すれ違いざまにぽつり。
「少々、やり過ぎかと」
「そうかな?」
肩をそびやかすも、ミオナはそれ以上何も言わない。リーダーの男に手を差し伸べて折れていない方の腕を掴み、震えが一向に収まらない彼をゆっくりと立ち上がらせた。
カリスマたる〝土竜〟の捜査官を目の前にしていると言うのに、男達はみな、後光差す女神と邂逅しているかのような希望に満ちた、あるいは間の抜けた表情をしていた。
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