17、喧嘩
「これで僕達が争う理由は無くなったよね? ヤンチャも程ほどにするように、って事で」
にへら、と笑みを浮かべてみせた。その上で、彼ら1人1人の様子に気を配る。
激昂した彼らが殴りかかってくる事を憂慮したのだが、危惧していた事は起きなかった。彼らは顔を見合わせ、ぽつぽつと会話を交わし始める。
「ちっ……興醒めだわ。この後どうするよ」
「少し早ぇけど、メシにすっか? 捜査官様のせいで無駄に腹減ったわ」
いや、それ僕関係ないし。むしろ僕の方がお腹減ったし。
「ああ。んで、昼過ぎたら続きしようぜ」
「学生は時間的にいねぇだろうけど、まぁ適当に可愛い子探すかぁ」
……おやおや? 歩き出そうとする彼らの背中に、反射的に声を掛けた。
「君達君達、僕の聞き間違いじゃなければ、また同じ事しようとしてない?」
「あぁ? うっせぇんだよ〝大鷲〟が」
「腑抜けな精鋭揃いの〝大鷲〟様は、とっとと帰ってピーチク囀っといてくれや」
リーダーの男が笑い、伝播する。下卑た笑い声が渦巻いていく。
ん~、これはさすがにちょっと〝お仕置き〟かなぁ? ヴェネは柔和な笑みを浮かべた。
「君達こそ、〝土竜〟の捜査官がいなくなった途端に強気だね」
「そりゃそうだ、〝土竜〟は俺らのカリスマだからな。いつか俺らも〝土竜〟に入って暴れてやる予定だ……って、〝大鷲〟様には関係ねぇ話だけどよぉ?」
カリスマ、ねぇ。確かに〝土竜〟は裏の界隈に於いて、それこそ歴史に残るような逸話を幾つも残しているが、それらは〝治安維持〟という大前提があったわけで……などと諭したところで、聞く耳を持たないか、そもそも理解すらできないかのどちらかだろう。
だから、ヴェネは一番重要な部分だけを優しく伝えてあげる事にした。
「〝土竜〟はキーキー喚くしか能の無いお猿さんを迎え入れる程、懐は深くないよ」
「……あぁ?」
途端。びきり、と致命的なまでに彼らの間に漂う空気が変容した。
彼らは互いに目配せし、その総意としてかリーダーの男が歩み寄って来る。そして、太い腕を伸ばしてヴェネの襟元を掴み、捩り上げた。
片腕にもかかわらず、僅かに体が浮く。ヴェネが比較的華奢な体型である事を差し引いても、その見た目に違わない大した腕力だ。
「俺は今まで、喧嘩で負けた事なんざねぇんだよ。因縁つけてきたガキの学校に特攻してシめてやった事もある。てめぇも1発喰らいてぇのか、メガネ野郎」
「別にそんな趣味は無いんだけどなぁ……で? 喧嘩の回数はちゃんと2桁超えるまで数えた? 特攻したのってどこの女子校?」
「てんめっ……!」
顔に血を上らせた男は、固く握りしめた拳を大きく振りかぶる。取り巻き達が騒ぎ始める中、野太い声援を受けた拳が勢いよくヴェネの顔面に叩きこまれた。
「お猿さんは短絡的だね、ホント」
が、届かない。拳は易々とヴェネの掌に受け止められる。鍛えられた太い腕が、まるでせっつく子供を振り払うかのように気軽に、無造作に。
想定外だったのだろう、男達の顔が一様に驚愕に染まった。
「で、お猿さんは自慢の暴力を軽くあしらわれる、と。ああ可哀想に」
受け止めた拳を思い切り引っ張る。バランスを崩して倒れ込む男、地面に叩きつけられる大柄な体。
すぐさま追撃。うつ伏せの男の背中にヴェネの踵が鋭く突き刺さった。
それでもまだ、男は屈さない。腕立て伏せのように上体を持ち上げ、罵倒の言葉交じりにこちらを睨みつける。
「~~~~~~~~~~~~~!!?」
その顔に、渾身の蹴り。
さながらサッカーのシュートのように真正面から叩き込んだその一撃は、一切の情け容赦なく男の顔をひしゃげ潰す。
声にならない悲鳴が轟いた。爪先が突き刺さった鼻から血が噴き出し、元々汚らしかった裏路地を赤く彩る。男は顔を押さえて悶絶した。
ひとまず、こんなとこかな? ヴェネは男の背中を踏みつけて呵呵と笑った。
「はははっ! 腑抜けとの喧嘩、満足してくれたかな~?」
「て、めぇ……〝大鷲〟のくせに、こんな……!」
「あれれ? 自分から喧嘩したいって言っておきながら今度は暴力反対? さすが、女子校に乗り込むお猿さんは女々しさも人一倍だねぇ」
だから女子校じゃねぇよ……と弱々しく抗議するその様は、まさしく女々しい。驕り昂った鼻っ柱が、完全に叩き折れた瞬間だった。
「さてさて、それじゃあ最後にもう1つ」
男の腕を取り、ヴェネは柔らかく笑う。
柔らか過ぎて、寒気すら喚起する笑顔。
「〝土竜〟流の喧嘩をやりたいなら、せめてこれくらい派手にやらないと、ね?」
ぼぎぃ! と鈍い音が響き渡った。
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