8、毒舌な太陽

「……ミオナ、と申します」

「ミオナさんね。僕はヴェネと」

「申し訳ありませんが、全く興味ありません」


 深く腰を折りながら言う女性――ミオナ。


 背中まで伸びた透ける様な美しさを湛えた飴色の髪に、切れ長の蒼い瞳やふっくらと薄桃色に彩られた唇など、冷ややかな印象こそあるものの美人という表現しか似合わない。目鼻立ちだけで判断するならば、自分と同じ20歳前後に見える。


 慇懃無礼ながらもその所作にどこか気品を感じたのは、黒のパンツスーツを堂々と纏い、ベージュのロングコートを優雅に羽織り、鈍く黒光りする革のブーツを履いているその姿に言い知れぬ凛々しさが宿っていたからだろうか。


 男装の麗人、は少し言い過ぎか。ヴェネは少し見とれてしまった。


「招かれざる客、という事になるのかの」


 レミリィが愉しそうに言う。ミオナが鋭い視線を向けるも、彼女の言葉は止まらない。


「ぬしを待っているこの短い時間の中、私を訪ねて来てのぉ。用があると言うから、話を聞いておったのじゃ」

「へぇ……」


 つまり偶然レミリィに会ったわけじゃなくて、探し当てたって事か。

 それだけで分かる。ミオナが只者ではない事が。


 自身の情報を僅かとは言え漏らされたからか、ミオナの表情は硬い。と、彼女はもはやヴェネなど眼中に無いとばかりにレミリィと相対した。


「重ねてお願い申し上げます。私の〝依頼〟を受けて下さい」

「やれやれ、ぬしも分からんヤツよの。今は無理じゃと言うておるに」


 にべも無く首を振るレミリィに、そうですか、と言葉尻を萎ませて俯くミオナ。


(へぇ……さすが、売れっ子はお忙しいみたいで)


 落胆するミオナの隣で、ヴェネも彼女達の事情をある程度把握した。


 レミリィは〝裏〟の界隈ではわりと有名な情報屋だ。ヴァーヌミリア国内を気まぐれに移動して占いをする傍ら、〝裏〟の情報を仕入れて各地で売りつける、あるいは依頼という形で契約を結んで顧客の必要とする情報を集めたりしている。


 彼女とはひょんな事で知り合い、その情報には幾度となく助けられてきた。レミリィもまた、ヴェネが〝大鷲〟の人間である事を知った上で、捜査に役立ちそうな情報を売りつけるべく、わりと頻繁に連絡をくれる。


 だが察するに、レミリィは今現在、他の依頼を受けている最中なのだろう。その上でヴェネを呼び出したという事は……、


「なるほど。今持ってる情報を売りつけて小遣い稼ぎ、って魂胆かな?」


 依頼契約を結ぶと、より専門的で濃い情報を集めてくれる代わりに、求められる報酬も段違いになる。それをしないという事は、もっと浅い情報をやりくりしよう、という事だ。


「察しがいいの。ぬしら、面倒なモノを抱えてるじゃろ? しかも、2つも」

「お見通しかぁ……ま、当然だよね。僕が追ってるのは模倣犯の方」

「……模倣犯……? あなた、まさか……」


 怪訝な顔をしてヴェネを見るミオナ。


「ん? どしたの?」

「……いえ」


 が、すぐに顔を逸らしてしまう。と、レミリィがこちらに歩み寄る。


「ふむ、良かろう。しかしまぁ、確証がある情報ではないし、あまり大っぴらに動くべき案件とも言えんぞ? あくまで足掛かりの1つとして考える事じゃな」

「それでいいよ。人手がいるような事は〝烏〟がやればいい。僕は僕らしくやらせて貰うから」

「なら良いが……さて、ミオナよ。この情報、ぬしも必要としておるのではなかったかの?」


 え? とヴェネがミオナの方を見た時には、彼女はもう踵を返して歩き出していた。


「お時間を取らせました、レミリィさん」


 まるで逃げる様な早足。ヴェネが思わず後を追おうとすると、


「私達の道は交わるべきではありません。それでは」


 機先を制するように言い置かれ、足が止まる。


 日が高くなり、狭い路地裏とは言え太陽の光もそれなりに差し込んでいる。飴色の髪が陽光に煌めいて足取りの軌跡を残し、やがてその後ろ姿は薄闇の奥へと消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る