7、裏路地にて

 当然の事だが、昨晩〝二重〟を追って訪れた裏路地よりも圧倒的に明るい。


 足下がしっかりする反面、壁にこびりついた吐瀉物らしき何か。腐りかけの木材にウジの湧いた動物の死体など、あまり目にしたくない物も見えてしまうのが難点だ。


「……ですから、そこを何とか……」

「んん?」


やがてヴェネの耳朶を打つ、くぐもった声。


「そう言わ……のぅ。こっちも商売…………気持ちも分か…………私情ばかりで……」


 今度は霞んだ声。どうやら2人の女性が何やら会話をしているようだ。


 ヴェネは歩く調子を早め、十字路の角でひょこっと顔を出して先を窺った。


 薄汚い裏路地に場違いに置かれたパイプ椅子と簡素な机が最初に見えた。机には暗紫色の布が覆い被さっていて、一層奇妙な華を演出している。


 机の上には透き通る水晶玉と、乱雑に撒かれたタロットカード。相も変わらず安っぽさの漂う占いセットだ。


「……っ! 何者です!?」


 2人の女性は机の前で相対していた。飴色の長髪を揺らす大人びた女性と、魔法使いを思わせる黒のローブを纏う小柄な女の子だ。


 飴色の髪の女性がヴェネの足音に気付き、逸早く振り返る。しなやかな彼女の手は、白銀の銃身に黒い意匠が施された自動拳銃オートマチックを構えていた。銃口の奥が暗く覗く。


「え? いや、待って待って」


 問答無用で銃を向けられ、ヴェネはひとまず両手を上げて足を止めた。


「何者か、と訊いているのです。答えなさい」

「いやいや、いきなり銃を向けられる理由の方を先に答えて欲しいんですけど!」

「なるほど、無視ですか。ならば致し方ありません」


 ちゃき。無機質な音が響く。


「いやいやいや、安全装置外さないで! ていうか何で僕、殺されそうになってんの!?」

「大丈夫です。これは銃弾を放つ為の銃では無いので、死ぬ事はありません。多分」

「いやいやいやいや、最後の補足超怖いし!? ってちょっとレミリィ!」


 諸手を挙げて女性をなだめつつ、ヴェネは全力で黒ローブの女の子に抗議した。


 くつくつと肩を揺らしていた彼女は、目深にかぶっていたフードを取った。その小柄な体格にぴったりの幼さが残る顔立ちと短めの黒髪が露わになる。彼女は不敵に笑い、


「あぁ、すまぬの。ぬしらのなかなか面白い見世物に見入ってしもうたわ」


 顔立ちと線の細い声色に全くそぐわない、古臭い口調で言った。

 仕方ないのぉ、と彼女は飴色の髪の女性を見上げた。


「こやつも一応、私の客での。荒事は必要ないぞ?」

「…………」


 不承不承、といった様子ながらも銃を下ろす女性。ほっと一息、ヴェネも両手を下ろし、腰で揺れている鎖を無意識に指で撫でた。


「まったくもぉ……呼び出しておいて扱いが雑じゃない? レミリィ」


 肩をそびやかせる黒ローブの女の子――レミリィ。彼女は暗紫色の机の端に腰かけ、タロットカードを指先で弄ぶ。


「とは言うが、呼び出したのは私の善意じゃからなぁ。客とは言え、丁重にもてなしてやる義理もあるまいて」

「それなんだけど……いい加減、非通知電話を呼び出す合図にするのやめない? コール回数の組み合わせで場所を伝えるとか、警戒し過ぎだよ」


「この界隈、石橋を叩き過ぎるぐらいで丁度いいんじゃよ……というのは建前で、何となくぬしに連絡先を教えたくないだけじゃ」

「その建前だけで納得しかけてたのに、どうしてわざわざ僕を傷つける事を言うかな……それで、あなたは?」


 視線を流した先で静かに佇む飴色の髪の女性。彼女は僅かに眉根を寄せ、小さな溜息交じりにヴェネを見返した。

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