【即興小説】誰がために酒を飲む

キム

誰がために酒を飲む

 カッカッカッ――

 午後七時を回った池袋駅前。

 部活を終えた学生や仕事を終えたサラリーマンで賑わうこの場所に、人混みを縫うようにして歩きながらハイヒールを鳴らす女性がいた。

 背丈は180cmほど。ハイヒールの丈を抜きにしても、それなりに高身長だった。

 そしてその背丈よりも目を引くのが、長く燃えるように赤い髪。

 色とりどりの明かりに照らされた駅前に居てなお、その赤さは周囲の目を集めた。

 彼女はそんな人々を視線を無視するように、迷いなく道を歩いていた。


 やがて女性が着いたのは1軒のバー。

 カラコロンとドアベルを鳴らしながら店に入ると、やはりそこでも女性の容姿は目立っていた。

 周りには目もくれずにバーカウンターに座すると「ウィスキー、ショットで」と一言だけつぶやいた。

 それを聞いていたマスターが笑顔で「あいよ」と答えると、注文の品はすぐに出てきた。まるでこの女性がこの時間に来て、この飲み物を注文することが分かっていたかのように。

 ありがと、と軽く礼を言うと、ウィスキーを勢いよくグイッと口にし、すぐにグラスを空にする。

 そのまま代金をカウンターに置いて店を後にする。

 この格好良さが、この店のマスターと客に受けていた。


 だが実際のところ、格好良いのは店を出るまでだ。

 店を出た途端、すぐにハイヒールを脱ぎ捨てて裏路地へと駆けていき、オエエエエッと吐き出した。

 美人が裏路地で吐く絵図は、人によっては喜ぶ光景かもしれないが、普通に考えれば閲覧注意のそれだ。

 女性は愛する男性のため、今日も一日一杯だけと決めた酒を口にしては、吐き出して全てをなかったコトにしていた。

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