3-16
その日について、ぼくはすべてを明確にことばにすることはできない。それはなぜかといえば、事実とぼくの精神状態の両方を客観的に書くことがぼくひとりにできるはずがないというそれ自体の構造の問題もあるが、もうひとつは、以降に語られるそれを明確にすべて言語化にしてしまうと、様々なところで問題が発生してしまうというぼく自身の都合にもよる。そこで、ここから先については、ぼくの内面世界のみについて、それを小説的手法をもって描写しようと思う。非常にぼんやりしていてわかりにくいとは思うが、ご容赦いただきたい。
ただ、ひとつだけいえることは、その日に「起きたこと」に対しては、ぼく自身はもちろんのこと、「当事者」にはなんの責任もなくて、ただただ結果としてぼくの内面世界で「かれ」が消滅しただけだということだ。それだけは今一度ここで書いておく。
ぼくの内面世界には都市が存在している。その都市は、いうなれば今まで出会ったさまざまなひとの一部を切り取った鏡像のようなぼんやりとしたその人物の一部という概念が「居住」しているものと思ってくれていい。そして、ぼくと「かれ」とは協力してその都市を「管理」しているというようなイメージだ。その都市がこの同人活動を本格的に行った数年ですさまじい勢いで人口が増え、またその中で急激に「成長」する鏡像たちが、自らやその周囲の人物が鏡像であることに「気づきはじめ」、その構造を破壊し始めたのだ。そして、彼らは最後に、すべてを飲み込むほどの巨大な爆弾を放った。それが炸裂する寸前に「かれ」が気づき、凍りつくぼくの横で、おなじみの球体の生物の姿をとって「それ」を飲み込んだのだ。
やめろ、「それ」は確実にすべてを破壊する。
いや、たぶん、おれが「死」ぬだけですむはずだ。
お前が「死」んだらいったいぼくはどうやって生きればいいんだ。小説だって書けないんだぞ。
それはおまえがきめればいい。どうせおまえは生きられるように生きるだけだし、生きたいようには生きられないさ。
決められるわけがない。お前は今まで、いつもぼくと一緒になにかを決めてきたじゃないか。
それはおまえがあまりにもなにも知らなすぎるからだ。「それ」を生みだしたのがだれかすら、おまえは知らない。もうだめだ、おまえは知らないと言いはればそれでいいと思っているが、そんなはずはないんだよ。わかっているだろ、もうすでに。
いいから吐き出してくれ。「それ」を遠くに、ぼくらの外に吐き出せばいい。
そんなこと、おれたちにできると思っているのか? 無理に決まってる。「それ」をほうりだしたらおれたちはみんな「死」ぬんだ。だけれど、おれが「それ」をのめば、「死」ぬのはおれだけですむんだよ。おまえは生きられる。生きて、おすしをたべるなりたらこパスタをたべるなりすればいいよ。どうせ、おまえはまたいつものように、さいしょからおれがいなかったかのように生きていくだけさ。
そんなわけないだろう。どれだけの間一緒にいたと思っているんだ。
だからわかるんだよ、「それ」をのみ込むなら今しかないって。おまえはなにも知らないからわからないだろうけどな。まあいい、じゃあな、死ぬまで生きろよ。おばいちゃ。
それが「かれ」の最後のことばだった。炸裂した光は急激に収縮し、「かれ」だけを飲み込んで消し去った。だから「かれ」がいた痕跡は、このぼくの記憶のなかにしかない。
しかし、その記憶も、これを書いている今の時点で、「かれ」のことばにならないことばをかなりの部分で思い出すことができなくなってしまっているのだ。だからこそ、あの日起きたことをこうして文章にし、そこまでの道のりをどうにか書ききることによって、たとえぼくが「かれ」を忘れても、ぼくがこれを書いたことさえ覚えていれば、「かれ」は半永久的に文字として刻まれると思った。そう、「かれ」の言うとおり、ぼくはいつの日か「かれ」を忘れてしまうだろうから、たしかにそこにあったということを残し、また、書き手ひざのうらはやおが「かれ」の存在なくしては書くことすらままならなかったことを示すために、あの日のことを「
この旅路の最後に、ぼくの休止前の代表作となった「猫にコンドーム」を、「平成バッドエンド」収録版から、「かれ」に敬意を評して、「かれ」がすべて作り出したといっても過言ではないほどデザインされた「良子」という視点人物をより「かれ」らしく再解釈してその表現を改めた(〇版)として掲載しようと思う。「平成バッドエンド」版が正規の完成稿ではあるが、(〇版)もまた、それに負けない輝きを放っている。これこそが、ぼくと「かれ」の合作であり、その究極点であるということは誇りにしたい。
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