第54話 交差する世界のノイエ・ヴェルト(その3)
『やーやーやー! 気分はどぉうかなぁ?』出迎えたのは何とも場違いな声であった。『わぁたしのぉ、この声を聞いてるって事はきっとサイッコーにアンハッピーな状況なんだろうねぇ? んん? 当たりかぁい?』
「……伊澄さん、この腹立つ声って……」
「うん、僕の知る限り最高にして最低の天才――ルシュカさんだよ」
『さぁてさて。見事にこのファイルを探し当てたからには大ピンチなのは間違いないだろうねぇ。それと共に、だ。この機体のおかしな箇所に気づくなんてさぁすがは伊澄くぅんだ。ここに敬意を表します。ぱちぱちぱち』
「ちっ、前置きが長ぇ――」
『んん? 前置ぉきが長いって? いいじゃないのさぁ。ピンチの時こそゆとりをもっておくべきだとわぁたしは思うんだなぁ』
ルシュカに先読みされ、相手がこの場にいないというのにユカリのこめかみに青筋が浮かぶ。伊澄は慣れているため――嬉しくもなんともないが――ため息だけを漏らした。
『とぉはいえ、これ以上関係ない話をしてるといぃ加減ファイルをデリートされてしまいそうだねぇ。だからここからは真面目な話としようか』
『やっとかよ……』
『さぁて、賢明な伊澄くぅんならもうこの機体がデータ通りのバッテリー駆動ではないことに気づいているだろうね。でもそれじゃあどうやって動力を得ているんだろう? 不思議だろうねぇ、ねぇ?
ふふん、この機体の動力にはねぇ、とびっきりのぉ、私の研究成果が詰まってるのさ。
そう! 何を隠そう! この機体の本当のジェネレーターはCFリアクターなんだよねぇ』
「ぶふっ!? ゴホッ、ゲホッ!」
ぱんぱかぱーんと派手な効果音が付与されたルシュカの説明を聞いた瞬間、伊澄は噴き出し咳き込んだ。が、専門家どころか学校もサボる高校生であるユカリには意味がわからない。
「なぁ、CFリアクターってなんだ?」
「……ここまでで最大のトンデモ技術だよ」
セシウムとパラジウムによる常温核融合炉――通称CFリアクター。
かつて「試験管の中の太陽」とも称され、一時期はエセ科学のような扱いも受けたが、今となってはその反応は現実のものとして理解されている。しかしながら扱える量が少なく、安定して大熱量を放出させるだけの技術はない。大規模なエネルギー源として用いるには後数十年の時間と複数のブレイクスルーが要求されると評価されている代物だ。
「ひどく乱暴に噛み砕けば、この機体の中にちっさな太陽が存在してるようなもんだよ。しかも反応前は手で触れるくらいに安定した状態で存在してる」
「……オーケー、とりあえずトンデモねぇモンが積まれてるってことは理解した」
『とは言ってもまだまだ未完成も良いところでねぇ』ルシュカのわざとらしいため息が聞こえた。『コイツは本来出せる出力の半分も出せないんだよ。反応系はともかくとして冷却系の開発が追いついてなくってね。なぁもぉんで、通常時は大幅に反応を抑制するよう私の方でリミッターをかけてるってぇわけなのさ』
「あれで半分以下なのか……」
『ともあれ、いざって時のためにリミッターを解除する方法も用意してあるから安心していいよ。一度っきりなら全力を出すことだって可能だ。ま、当然その後はまともに動けなくなるだろぅけど。
とはいったって、出力だけ高くったってそれを活用する手段がなければ猫に小判、宝の持ち腐れってねぇ。人類の敵である最終虫型決戦兵器Gなみにぃ? 素早い動きでカサカサと動き回るのもそれはそれで芸としては成り立つけどぉ、それじゃつまんないよね?
なもんで、まさに『こんなこともあろうかと』な武器を用意しといてあげたから』
「武器だって?」
そう、それこそが伊澄が待ち望んでいたものだ。
果たしてそれはどこに。伊澄は続きに集中するが、音声ファイルのルシュカは「おやおやぁ?」と間の抜けた声を上げた。
『おぉっと失礼。ざぁんねんながらもう寝る時間みたいだねぇ』
「……は?」
『こう見えてもぉ体調管理とお肌の管理には人一倍気を遣ってるぅんだ。というわけでぇおやすみぃ。詳細は別ファイルで保存してるから、後はエルにでも聞いてちょーだい。んじゃんじゃねぇん』
そう言って音声ファイルがプツッと切れたのだった。
「……クソッタレにふざけてんな」
「まあああいう人だから。腹を立てるだけ損だよ。
それより、エル。ルシュカさんが言ってた武器について何か情報は?」
『お待ち下さい。現在ファイル解凍中です――解凍完了しました』
だがそこでエルの声が止まった。
「エル?」
『――失礼しました。伊澄准尉、明星・ユカリ様、ワイズマン博士から追加のテキストメッセージがあります。読み上げますか?』
「アタシにもか? またふっざけた内容じゃないだろな?」
「分かった。お願い」
『承知しました。メッセージを読み上げます。
――『世界を変える、その覚悟はあるかい?』』
予想していなかったメッセージがコクピットに反響する。ルシュカからの問いの形式を取ったメッセージだが、先程の彼女自身の音声とは違い、低いエルの声で問われると緊張が増した。
世界を、変える。
果たしてそれが何を意味しているのか。そんな言葉が出てくるほどの代物なのか。
だが――答えなど決まっている。今やらなければならないことに比べれば、そんなものは些事。伊澄とユカリは、ひび割れた画面の奥で繰り広げられている戦闘を見つめた。むしろ変えることで世界を、戦っている彼らを救えるのならば――
「……望むところだよ」
「おう、上等だ。こんな世界、アタシなんかで変えれんのなら喜んで変えてやる」
『承認を確認。
――オーバーロードシステムを起動します』
エルの声の直後、二人の足元から甲高い音が響き始めた。
『CFリアクターの出力上昇……四十、五十、六十……七十パーセントを突破。リンクシステムの『世界』への接続を開始します』
ガゴン、と今度は頭上から音がした。二人が見上げると、天井の一部が降りてきて無数のコードが繋がったヘッドセットらしいものが現れた。
『明星・ユカリ様。ヘッドギアの装着を』
「あ、アタシがか?」
『はい。説明によればお二人ともに『少々』衝撃があるかもしれないので気を確かに持つように、とのことです』
不安を覚え、二人は顔を見合わせるが止める選択肢などない。うなずきあうとユカリは黒いヘッドギアをかぶった。
『――接続スタート』
ヘッドギアの眼にあたる部分で赤い光が流れていく。
瞬間、ユカリの意識が唐突に跳ね上げられた。暗かった視界が急速にまばゆくなり、体全体がまるでロケットで打ち上げられたかのような猛烈なGを感じて口から短いうめき声が漏れた。
視界の中の光が収まっていき、やがて瑠璃色へ。無数の星たちがきらめく星空へ達したかと思えば、再び光の渦に飲み込まれた。螺旋のようなそれを抜けると、その先にあったのはパステルカラーの世界だった。
そこは、エレクシアがフレストヘイムと呼んでいた世界。この世界へやってくるのは何度目か。ユカリの体は重力の縛りから解き放たれたようにふわふわと浮かび、漂う。
そしてその世界の中心に、彼女がいた。
「アリシア!」ユカリが叫んだ。「テメェ……! いったい何を企んでやがる!!」
しかし彼女はユカリを見上げたままで特別な反応を示さない。
ユカリの体がアリシアへと勝手に引き寄せられていく。距離が十分に近づいたところで自身やエレクシアを翻弄する彼女を一発ひっぱたいてやろうとユカリは手を振り上げた。だがその手がアリシアの頬に届くことはなかった。
当たる直前でその腕が掴まれる。ハッとユカリがすると、彼女のすぐ目の前にアリシアがいた。
アリシアはユカリの眼を覗き込む。無表情の顔がユカリの瞳を占める。両腕を掴まれ、冷たい彼女の吐息が唇を撫でた。
そしてアリシアの口元が弧を描いた。笑っているのか、それとも嗤っているのか。表情が読めないが、妙に不気味なその笑みにユカリは怖気を覚えた。
ユカリは彼女の手から逃れようとする。だが、肉のない華奢な体つきにもかかわらずユカリの腕は全く動かない。
「……っ」
ふと唇に感じる冷たさ。眼前には目を閉じたアリシアの姿がある。ユカリの頬は冷たい手のひらに支えられ、アリシアの唇が自身のそれに重ねられていた。
とっさにユカリは跳ね除けようとした。だが次の瞬間、アリシアを押そうとした両腕が消えていた。
「――っ!?」
両腕がきらびやかな光の粒子となって舞い上がっていく。いや、腕だけではない。脚が、腰が、胸が。明星・ユカリを構成する全てが光の粒となり、消えていこうとしていた。
「アリシア――!」
体が軽くなったように宙に浮かんでいく。ユカリは何かを言おうとするが、それよりも先に頭までもが消えさり、明星・ユカリという存在が世界に広がっていく。世界と、一つになっていく。
アリシアは表情を変えないまま、上へ上へと昇っていくユカリだったものをじっと見送る。やがてその粒子たちが大気中へ溶けてしまうとその形の良い口を微かに動かした。
「……またね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます