第43話 思いは各々、戦いは続く(その6)
雲は厚みを増し、雨はいっそう強くなる。空で稲光が瞬き、落雷の音が轟いていく。
雨粒が木々の葉っぱを大きく揺らすほどになる中で、伊澄とオルヴィウスの戦いは一層激しさを増していた。
『おおおおおおおっっっっ!』
「はああああああぁぁぁっっっ!!」
バーニアが空の黒いキャンパスに何度も何度も線を描いては消えていく。飛び交う魔法が乱雑に黒を塗りつぶし、炸裂したエーテリアの武器が色彩をもたらす。
空で激しくぶつかり合ったかと思えば地上を駆け回り、幾つもの木々をなぎ倒していく。自由に動ける空と障害物が溢れる地上。しかしどちらを戦場にしても未だに決着の時は見えずにいた。
『っ、ちぃ、やるなっ!!』
地上付近を滑走したエーテリアの鋭い刺突がバアル・ディフィルの障壁を砕いて腕部の装甲を弾き飛ばした。反応が遅れたことにオルヴィウスの称賛と歯噛みが混じった息遣いが漏れるも、彼もまた即座に応じる。
魔法で作られた巨大な氷の杭が幾つもエーテリアの回りに展開。串刺しにしようと一斉に放たれるが、それらは地面を穿っていくだけ。エーテリアは踊るような滑らかな動きで、時にアクロバティックな動作で全てをかわしていく。
目まぐるしく攻防が変わる戦いが繰り広げられてはいるが、ここにきて形勢は伊澄の方へと傾いてきていた。
『そんだけ動けんだ! いっそのこと曲芸師にでもなったらどうだ!? バカウケ間違い無しだぞ!?』
「そしたらアンタとは戦えないですけど良いんですかっ!?」
『はっはっ! そいつは困るなぁっ!!』
互いに激しく動きながら口も止まらない。続く戦闘の高揚感にテンションが高まっているのを伊澄も感じながら、それを嫌だと決して思わなかった。
至近距離での戦闘が繰り広げられる。近接武器を両者ともに振るい、互いにギリギリのところで避けていく。さらにそこに魔法と射撃武器が加わってその激しさは激化の一途だ。
そうした中で、状況が動いた。オルヴィウスの突きを屈んで避ける伊澄。そのままマニピュレータを突き上げると、バアル・ディフィルの顎部にクリーンヒットした。
(来たっ――!)
この機を逃す気はない。伊澄は即座にアームレイカーとペダルを目まぐるしく操作していく。
体勢を崩したバアル・ディフィルの腹部にエーテリアの蹴りが入り、コクピットが鈍い音を立てた。
『っ……!
ぉぉぉらああぁぁぁぁっっ!!』
大きくオルヴィウス機は弾き飛ばされ、衝撃でオルヴィウスの左目の傷口が開いて血が再び流れ出す。だがそれでも雄叫びで自身を鼓舞すると、魔法を展開して伊澄機の接近を許さない。
地表スレスレから岩石の礫が散弾のように飛び出していく。更に水たまりから氷の刃がエーテリアの首を跳ね飛ばさんとする。しかし地面に起こる異変に気づいた伊澄は即座に追撃を中止し、バーニアを利用して大きく跳躍して後方へと着地した。
しかし。
「っ!?」
着地と同時にエーテリアの脚が右側に大きく流れた。体勢が崩れるもすぐに立て直す。だがコクピットに異常を告げる警報音が鳴り響いた。
「エル!」
『右股関節部に損耗発生。今の着地の衝撃で疲労破壊を起こしたと推定されます』
「戦闘は?」
『続行可能です。しかし機動は大きく制限されることが予想されます』
「っ……しかたないか」
伊澄は臍を噛んだ。度重なる衝撃か、それとも泥濘によって変に力が関節にかかってしまったか。あのルシュカのことである。単純な荷重だけで壊れるようなものを設計するとも思えないから振動や潤滑不良なども含めた複合的な要因かもしれない。
「……帰ったらルシュカさんに苦情言っとかなきゃね」
言ったところで「試作機だからね」の一言で片付けられそうだが。しかしそれを言うにも、この戦いに負けるわけにはいかない。
雨粒が織りなすベールの向こうから、バアル・ディフィルが突進してくる。魔法を展開し、一度は途切れた戦端が再び開かれた。
「エル! リンクシステムのバランスを変更! 思考制御の割合を五割まで上昇させて!」
『了解しました』
機体を微かに左側に傾け、伊澄は左脚だけを使って跳躍し魔法を避けていく。
「脚が使えないなら――」
そしてそのまま再び空へと舞い戻っていく。青白いバーニアの光が暗さを増していく夜空に映えた。
「――脚を使わなきゃいいってことだろっ!!」
自身を追いかけてきたバアル・ディフィルを眼下に捉え、胸のバルカン砲を発射して牽制する。比較的小さな弾丸がバアル・ディフィルの魔法障壁にぶつかり、しかし貫通するには至らずカンカンと軽い音を立てて弾かれていった。
衝撃によって障壁上に淡い光が波の様に走っていくがバアル・ディフィルは速度を落とさず迫ってくる。
システムを活かすため、伊澄は今までよりも機体の動きを明確に思い描き、余裕をもったつもりで攻撃をかわそうとする。だがイメージに反してオルヴィウスの剣戟はエーテリアを微かにかすめ、表面塗装が剥ぎ取られていった。
「くそっ! これでもダメなのかよっ!?」
機体の動きとイメージが合致しない。まだイメージが弱いのか、と思考に割く頭のリソースを更に増そうとするが、そこにエルが異を唱えた。
『イメージ強度の問題ではありません。おそらくは伊澄准尉のイメージを機体が表現できないのです』
「なんでさ!?」
『准尉のイメージではどうしても脚を使おうとしてしまうからと推測します』
原因不明の頭痛を除けば、伊澄はこれまで大きな怪我をしたことなどない。脚を使わない動きなど明確にイメージできようはずもなかった。
「ちぃっ……! ならまた制御バランスを変更! 元に戻し……っ!?」
再びマニュアル制御メインに戻そうとするも、目前には旋回してきたバアル・ディフィルがいた。やむなく伊澄は抜剣し、オルヴィウスの攻撃を受け止めていく。
剣と剣が交わった瞬間に火花が散り、モニターが白く染まる。
だがそれも一瞬。互いの剣が弾かれ、二機の間に空間が生じた。
その隙を逃さなかったのはオルヴィウスだった。剣の反動を利用したマニピュレータの打撃がエーテリアの顔面を襲う。
伊澄も即座に反応する。頭の中にはその軌道が描かれ、自機の軌道も思い描かれていく。それを具現すべく伊澄の両手がすばやく動いた。
しかし思い描いたとおりにエーテリアは動かなかった。脚の反動を利用できないため、後ろに反らす頭部の動きが僅かに遅れる。そこにバアル・ディフィルの拳がめり込んだ。
「がっ!」
衝撃で伊澄の体が揺れ、モニターにおびただしいノイズが走る。機体が弾き飛ばされ、落下していった。
『おらおらおらぁぁっっ!! まだまだぁっっ!!』
そこにバアル・ディフィルの魔法の嵐が吹き荒ぶ。またたく間に大量の魔法陣が浮かび上がり、火球が次から次へとエーテリアに押し寄せる。
着弾、そして爆発。あがった爆煙にエーテリアがかき消される。オルヴィウスはその様子をニヤリとして見下ろしていたが、煙を突き破って再びエーテリアが姿を見せた。
「この程度ぉぉぉっっ!!」
『そうでなくっちゃなぁっ!!』
煙をバーニアで吹き飛ばし、剣を脇構えにして今度は伊澄からオルヴィウスに襲いかかっていく。なおも押し寄せる魔法の中を縫って翔び、振り下ろしてきたバアル・ディフィルの剣と交差した。
二合、三合と剣を合わせ、耳をつんざく音が雨音をかき消す。しかしエーテリアの機体バランスが悪く、バアル・ディフィルの力に押されて機体が流れ、エーテリアは空中でたたらを踏んだ。
「っ、この……うっ!」
状況はオルヴィウスの攻勢。すぐに間合いを詰められ、袈裟に振り下ろされた剣を、伊澄はかろうじて受け止めるのが精一杯だった。
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