第37話 踊るマイ・ウェイ(その6)
地下から飛び出したエーテリアのコクピットで、クーゲルは一人戦っていた。
「こ、んちきしょおおぉぉっ……!!」
絶叫しながら機体を操作し、敵の攻撃をかわしていく。しかし思った以上に機体が流れ、制御しようと動かせばまた思ってもみない方へとエーテリアが傾く。何とか落ち着けようとしても、そこに再び攻撃が迫り直撃を喰らわないよう操作するだけで精一杯だった。
「ここで落ちるわけにゃいかねぇんだよ……!」
クーゲルを取り囲む白い機体たち。脂汗をびっしりと浮かべ、敵を睨みつける。
クーゲルが地上に出てきて程なく城からやってきた敵機。それ自体は予想外でもなんでもない。クーゲルの役目は敵の眼を引きつけ、城内に侵入した伊澄をサポートすることだからだ。いつの間にか降り始めていた雨の中で挑発するように城周辺をゆっくり周回し、攻撃を仕掛けるような素振りを見せる。思ったよりも出てくるのが早かったが、それくらいは許容範囲内である。
しかし予想外だったのはこの機体、エーテリアの反応速度だった。
最初に伊澄が「ピーキーだ」と苦戦していたので想定はしていたのだが、言ってもバルダー既存機であるテュールからちょっとばかし良くなっただけだろうと、正直たかをくくっていた。
だが、実際に自ら操縦してみてどうか。
「っ……! 言うこと聞けってんだよっ!!」
慎重に操縦しているはずなのに戦闘機動モードにした途端に自分のイメージを遥かに超えた速度で動き、わずかにペダルを踏み込んだだけでまたたく間に加速する。アームレイカーを手前に引けばシートから投げ出される程の急制動が掛かる。インターフェースは乗りなれたテュールと同じなのにクーゲルは全く機体を制御できていなかった。
『やはり思考制御の割合を上げた方が良いかと』
「ダメだ……! ンな事したら蜂の巣になっちまう……!」
エルの言うとおりに最初にマニュアルから思考制御メインに切り替えてもみたが、そうなると今度は動きが鈍くなりすぎて、第二世代機以下にまで機動性が落ち込んでしまった。その際に敵の魔法を食らってしまって肝を冷やしたばかりだ。幸いにして頑丈な装甲のおかげで致命傷にはならなかったが、ちょうどよい制御バランスを探っている余裕などなかった。
「アイツは化物かよ……!」
たった数分乗っただけでテュールと遜色のない、いや、それを遥かに超える機体本来の性能を伊澄は引き出すことができていた。
バルダーに彼がやってきてすぐに操縦技術が優れていることは分かっていた。それでもまだまだ負けていないと思っていたが、とんでもなかった。
「それでも俺にだって意地があるんだよっ……」
『後方に熱源。来ます』
「くっ!」
エルの警告に従って、振り向かずに機体を上昇させる。すぐ足の下を巨大な火炎が貫いていくが、クーゲルにそれを気にする余裕は無かった。
「う、ぐ……」
頭の中に絶え間なく広がる情報の海。周囲の機体の位置情報に姿勢、それに自機の姿勢と位置情報、放たれてくる攻撃魔法の軌道情報。地面との距離に周辺地形の情報。更には加速度、現行速度、予想される機体位置。エーテリアを取り巻くありとあらゆる情報がクーゲルの頭の中に押し寄せてくる。
クーゲルは思わず頭を押さえる。襲う激しい頭痛。情報が頭の中でオーバーフローを起こし、つぅ、と鼻から血が流れ落ちた。
『脳へ負荷が掛かっています。思考リンクシステムとの接続レベルを限界までダウンさせます』
「頼む……」
システムとの繋がりが弱まり、焼ききれそうだった頭の中からフッと熱が抜けていく。おびただしい情報の雨が消え去り、クーゲルはグッタリとうなだれた。これによって目視と通常レーダーでしか敵の位置を補足できなくなり、エルからのサポートも弱まってしまうがやむを得ない。
『後方から敵機接近』
「ちっとは休ませてくれよ……!」
荒い呼吸のままに機体を翻し、敵の攻撃を不格好な体勢ながらも回避する。だが追撃の剣戟を避けきれず、とっさの判断で自身も抜剣。なんとか直撃こそ免れるものの、その圧力に耐えきれず大きくバランスを崩してしまった。
「くおっ……! クソッタレっ!」
あれだけ伊澄に対して大口叩いておきながら、この体たらく。
ままならない自身の状況に腹が立つ。クーゲルは汗を散らしながら歯噛みした。
悔しいが認めざるを得ない。
アイツは――天才だ。
操縦の技術もそうであるし、思考リンクシステムと接続してもなおクーゲルと軽口を叩き合える、余裕をもった情報処理能力。到底自分とはモノが違う。
「だからって……諦めるわけにゃいかねぇ!」
先輩としての意地か、クーゲルは何とか機体に制動をかけて体勢を整え、着地する。泥濘んだ地面をえぐり取り、危うく転倒しそうになりながらも踏ん張り、さらなる追撃に備えて頭上を見上げた。
しかし予想していた追撃はやってこない。上空を飛んでいた敵機・スフィーリアの小隊はそのまま空中に静止していた。頭部だけが動き、何やら通信しているようだった。
やがてスフィーリア小隊は眼下のエーテリアを一瞥すると、そのまま何処かへと移動していった。
『全機こちらをロックオンから外しました。攻撃対象ではないと判断されたようです』
「……伊澄が話をつけてくれたってことか?」
『そうかもしれません』
何にせよ、助かった。実際に戦闘をしたのはおそらくはホンの数分程度。それでも数時間戦い続けたように体には疲労が溜まり、クーゲルはシートにもたれて大きく息を吐き出した。
しかし。
『軍曹。気を抜くのは早いかもしれません』
エルの声に重たい頭を上げる。
そこには、新たに迫ってくる機影があった。
その数は八機。いずれも曇天に溶け込んでしまいそうな濃紺の機体で、武器を携え森を越えて飛行していた。
『データベースと照合。確認が取れました。アルヴヘイムのPMC組織、フォーゼットのノイエ・ヴェルトです』
「……まあそりゃそうだよな」
オルヴィウスという幹部が城にいるのだ。ならその部下たちが援護にあたるのは当然だ。このまま伊澄が戻ってくるのを待とうと思っていたクーゲルだが、アテが外れて舌打ちをする。
かくして、彼の目の前でフォーゼットとシルヴェリアのノイエ・ヴェルト隊同士の戦闘が開始した。
陽が半ば落ち、覆う厚い雲のせいもあって暗くなってきた空がまたたく間に様々な色で彩られる。炎系魔法の赤に水系魔法の蒼が混じる。そこに土系魔法の鈍色が貫いていき、炎系の上位である爆裂魔法の白い閃光がほとばしった。
王城からわずか千メートル弱ほど離れた場所は一瞬で激戦の様相を呈していた。白銀と濃紺の機体が激しく飛び交い、ぶつかり、離れていく。流れ弾の魔法弾が王城にまで到達し、張り巡らされた障壁にぶつかり四散。淡い緑色の障壁が揺れ、雨で泥濘んだ地面に次々とクレーターが作り出されていった。
「ちっくしょうっ!!」
そしてエーテリアも当然魔法の雨から逃れることができようはずもなかった。
迫る熱源の警報にクーゲルはすぐさま機体を上昇させていく。次の瞬間には静止していた場所に孔が穿たれ、散った土砂が濡れた機体に泥をなすりつけていった。
だが飛翔したエーテリアに向かって、次々と魔法が飛来。幾度となく魔法が機体の傍をかすめ、その度に派手にクーゲルの体が右へ左へと揺らされていく。
「ちっ……! やっぱそうなるよなぁっ!」
シルヴェリア王国からは敵から除外されたが、フォーゼット側からしてみればクーゲルも敵である。容赦なく攻撃が降り注ぎ、動きのおかしいエーテリアを「カモ」とみなしたか、シルヴェリアのノイエ・ヴェルトたちよりも弾幕が激しいように思えた。
「くっ! このぉっ!」
叫びながら必死に機体を動かし、攻撃を避けていく。防戦ばかりでは限界がくると知っているクーゲルは、何とかビームマシンガンを放って反撃を試みる。だが不安定な機体で十分な狙いをつけることも難しく敵にはあっさりかわされていった。
「しゃあねぇ! エル! リンクシステムのレベルを上げろっ!」
『宜しいのですか?』
「構わねぇ!」
負担が何倍にも膨れ上がるが、まだ敵の位置がダイレクトに脳に伝わるし、エルによる制御サポートも受けられるだけマシになる。そう判断したクーゲルの頭の中に再び膨大な情報が流れ込んでいった。
「……っ!」
止まっていた鼻血がまた流れ出し、充血した眼からも血の混じった涙がにじむ。割れそうな程の頭痛を歯を食いしばって耐え、鬼気迫る目つきで敵の動きを捕捉していく。
「俺をぉ……なめんじゃねぇぇぇっっっっっ!!」
悲鳴じみた叫びと共に光の弾丸が放たれる。小刻みな振動が銃身を揺らし、しかし先程はあちこちに散らばっていた弾が一方向へ収束。フォーゼットの機体の一つへ向かって暗がりを引き裂いた。
敵機は大きく旋回し、回避を試みた。始めは弾幕を縫って避け、だがシステムを通じて動きを先読みした弾丸が次々と直撃していった。
初撃の数発で魔法の障壁を破壊。ガラスが割れる音の後に敵機の腕を焼き切り、そしてバックパックスラスターを貫く。
濃紺の機体の背面で爆発が生じ、煙を上げながら一機がゆっくりと落下していく。クーゲルは止めを刺すべく人差し指のスイッチを再び押し込んだ。
しかし弾が吐き出されることはなかった。
「どうしたんだよっ!?」
『オーバーヒートです。連射に耐えられず本体からのエネルギー供給部が脱落しています』
機体の左腕にあるマシンガンを見下ろせば、銃身の下にあるエネルギーパックが赤熱し、機体本体の腰部から伸びるケーブルがドロドロに溶けて垂れ下がってしまっていた。
『試作段階ですので仕方ありませんが残念です』
「ちく、しょう……!」
それを見た途端に気が抜けてしまったか、頭痛に耐えきれずクーゲルはグッタリと前のめりに倒れた。シートベルトに受け止められ、エルが思考リンクシステムを切断したのか渦巻いていた情報が頭の中から消える。
操作を止めたためにエーテリアは地上へと落ちていく。かすむ視界の中で煙を上げる敵機が先に地上へ着地したのが見えた。
一機こそ撃墜したものの、この程度で満足できるはずがない。しかしクーゲルの体はもはや限界を迎えていた。これ以上気を抜けば散り散りになりそうな意識を何とか繋ぎ止めて不時着しようと懸命だった。
『軍曹。右手側を』
意識をそちらに振り分ける気力も無かったが、たまたま眼を開けた先がエルの指示する方向が目に入った。
そこでは伊澄がぬかるみの中を走っていた。重い頭を上げて彼の行く先を見上げる。そこにはいつの間に出てきていたのか、新たな真紅の機体が飛んでいた。
「そう、か……あの野郎が……」
オルヴィウスか。
クーゲルは震える腕で機体を操作する。ノロノロとした動作で、それでも何とか彼の元へこいつを届けなければ。
クーゲルは最後の力を振り絞って伊澄へ機体を届けにエーテリアを走らせたのだった。
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