第12話 ここに立つ意味(その6)
「それで、どういう風の吹き回しじゃ? 残念ながらお主に依頼するような仕事はないぞ?」
ソファの肘掛けを使って頬杖をつきながらエレクシアは口端を吊り上げてみせた。
依頼人と請負人。それがエレクシアとオルヴィウスの関係だ。だが彼らの関係はエレクシアが国の実権を握る前から続いている。
二人が知り合ったのは、まだエレクシアが王女という役職に付いて間もなくの頃。王族という柵に馴染めず度々王城を抜け出して付近の街に繰り出していた時に偶然酒場で出会ったのが始まりであった。
特別にウマが合うというわけではない。だが細かいことは気にしない豪快なこの男はエレクシアが国を手中に収めた後も一切の忖度も頓着もせず、あたかもそこらにいる町娘のような気楽さで接してくる。
シルヴェリア王国の事実上のトップとなり、殆どの者がエレクシアの気を害すまいと極端に気を遣う中、オルヴィウスのように接してくれるものは貴重だ。彼女も素の口調を隠す必要なく気が楽であり、彼と会話を交わす時を居心地よく感じていた。
「おいおい、マジかよ! せっかく遠路はるばるやってきたってのにそれは冷てぇんじゃねぇか?」
「そうそうお主に依頼するような事態など起こるはずもなかろうが」
そうした比較的古い縁であるから、実質的な女王となった今も度々彼の所属する傭兵団には仕事を依頼していた。軍を派遣するのが難しい時に代理でモンスターを駆除してもらったり、怪しい動きを見せる貴族の内偵やその他にも――表に出せない依頼もしたこともある。そしてその大体を彼らは成功させていた。報酬は高いがその分、腕は確かである。
が、かといってエレクシアも彼らに頼りきりではない。依頼は厳選し、必要最低限に留めていた。そして今彼女の手の中にはオルヴィウスに依頼するようなものはなかった。
「またまた、冗談きついぜ」
「そうは言ってものう。事実としてないのじゃから仕方あるまい」
「んなこと言って依頼したいことは山程あんだろ? ほれ、言ってみろって」
「しつこいのぅ」
だがこうした営業は彼がやってきた時は当たり前のように繰り広げられている。そのため特に気分を害したりはせず、書類仕事よりもよっぽどマシなので適当にあしらいながら聞き流し、代わってクライヴが追い返すのが常である。
今日もクライヴがため息混じりに傍へ近寄ってきたのだが、彼がオルヴィウスを立たせようとするより前にオルヴィウスは「まあ聞けって」と言って手で制した。
「傭兵団を名乗っちゃいるが、ウチの部隊は大事なペット探しから暗殺まで請け負ういわば何でも屋だ」
「それは知っとるわ。お主にも散々世話になっとるからの」
「だろ? まあ嬢ちゃんからは結構なヤマばっかりをもらっちゃいるが、別にそんなのばっかじゃなくってどんなちっちゃな依頼だっていつだって嫌な顔ひとつせず笑顔で請け負うぜ。
そう、例えば――」オルヴィウスはニヤリと笑った。「逃げ出した客人を連れ戻したりとか、な」
「っ! 貴様……っ!」
和やかだった空気が瞬時に凍りつく。
クライヴは即座に手のひらをオルヴィウス目掛けてかざした。右手のグローブに刻まれた魔法陣が輝き出し、彼があと一声発すれば風の刃がオルヴィウスの首を掻き切るだろう。しかしオルヴィウスは歯を見せて笑い、クライヴを一瞥するだけであった。
「よせ、クライヴよ」
その緊張をエレクシアの声が断ち切った。
「しかしエレクシア様……」
「良いのじゃ。
……オルヴィウスよ、どこでその話を聞いた?」
「さぁて、どこだぁったかなぁ? ンな細けぇことは覚えてねぇな」
ニタニタと笑いながら肩を竦めそらっとぼけてみせるオルヴィウス。エレクシアは表情を崩さないまま心の内で舌打ちをした。
(これだからこの男は油断できぬ……)
単なる友人としてのみ付き合うのであればさぞ気も紛れることだろう。だが彼が傭兵団の人間として近づいてくれば油断のならない注意人物へと早変わりする。
伊澄とユカリの件については厳しい箝口令を敷いた。それをオルヴィウスはあっさりと看破してみせた。
かの傭兵団、というよりもこの男の率いる部隊は何かにつけて耳が早い。どんな辺境の地であろうとも戦いと金の匂いがすればどこからともなく駆けつけてきて、依頼主の弱みを巧みにつき仕事をぶんどっていく。それでいて報酬も決して法外とまでは言えずギリギリ妥協できる範囲を見計らっていくのだから余計にタチが悪い。
今やアルヴヘイムでも一、二を争うほどの規模にまで成長したこの傭兵団だが、そこはこの男の力がかなり大きいと彼女は確信していた。
「ま、人の口に戸は立てられねぇってことだな。
ってことで、どうよ? 女の方はともかく、男の方は凄腕のノイエ・ヴェルト乗りだって聞いたぜ? 古い機体でコイツをあっさりさっくりあしらったんだってな? 連れ返すにしてもおたくらの部隊じゃあちょいと荷が重いと思うんだが」
「……油断したとは言わない。敗北したのは確かだからな。だが、仮にもう一度戦う機会があったとしたら勝ってみせるさ」
悔しそうな表情を押し殺しながらクライヴは落ち着いた口調でそう応える。それを見てオルヴィウスは嬉しそうに口笛を鳴らした。
「ひゅう、クライヴがそう言うってことは
ほれ、嬢ちゃんよ。素直に依頼しろって。連れてくるにしたってどっちにしろ派手にゃ動けねぇんだろ? 今なら特別価格で請け負ってやるからさァ。こんな楽しそうな案件なんて最近はさっぱりだからな」
身を乗り出し、エレクシアに迫る。その目は、彼女が依頼を受けることを疑ってはいない。
エレクシアは「ふむ……」とうなりながら腕を組み考える素振りを見せる。ソファの背もたれに体を預け、眼を閉じ、そして返答を口にした。
「断る」
強面の大男を前にして、彼女はハッキリと断言した。それを見て、そばで固唾を飲んでいたクライヴは少しホッとした表情を見せた。
だがオルヴィウスの方は納得がいかないようだ。読みが外れたからか、それとも彼女の判断が解せないためか、あごひげを撫でながら首を傾げ怪訝な顔をした。
「おいおい、冗談だろ? ウチの傭兵団に安く依頼できる機会なんてそうそうないぜ? 羽月・伊澄と明星・ユカリだったか? 逃げた二人が惜しくねぇのか? ん?」
「もちろん二人は必要な人間じゃ。可能ならば今すぐにでも連れてきて手元に置いておきたいに決まっとる」
「なら別にためらうこたぁねぇだろうが。つまらん意地張ってねぇで俺を頼れって」
「別に意地など張っとらんわ。ヨソに依頼して上手くいくなら喜んで依頼しようぞ。じゃがお主に依頼するのだけは今回はナシじゃな」
「おいおい、そこまで言うなら理由を教えろよ。でなきゃ俺ぁいつまでだってこの部屋に居座ってやるからな。もちろん飯と酒は嬢ちゃんのおごりでな」
「お主なら本気でやりかねんの……まあよいわ。理由は簡単じゃ。
――お主が出ると話がこじれる」
やや面食らったようにキョトンとするオルヴィウス。だがすぐにいっそう怪訝な顔つきとなる。
「さっきも言うたとおりワタクシにとってあの二人は必要じゃ。じゃが別に彼らを奴隷のように扱いたいわけではない。むしろ逆じゃ。不幸な行き違いがあったがワタクシとしてはできれば二人とは和解して、今後は良好な関係を築き上げていきたいと思うとる。
そんなところにお主のような荒事の連中がしゃしゃり出たらどうなる? いかなる手段で二人を連れてこようとしとるのかは知らぬが、少なくとも二人は警戒するじゃろう。自分で巻いた種とはいえ、ワタクシがやらかしてしまっとるからな。まして、無理やり連れてくるなどというのはもっての外の話じゃ。
あまり時間があるとは言えぬが、まずは二人とは話をして誤解を解いて、その上で自発的に協力してもらおうと考えておるからな。そこに余計誤解を重ねるような真似はしたくないのじゃ。
というわけで、オルヴィウス。すまぬがお主の出番はないというわけじゃ。アテが外れて残念じゃったの」
ひとしきり理由を話し、オルヴィウスの反応を待つ。有能な男であることは疑いようがないが、如何せん戦闘を好みすぎる。先程の言動から考えてもあわよくば伊澄と戦おうと考えているに違いない。いや、むしろそちらが本音であろう。そんな事をすれば、間違いなく伊澄は態度を硬化させる。
オルヴィウスはまた顎を撫でながら考え込んでいたが、やがてため息をつきながら短く刈り込まれた髪をボリボリと掻いた。
「なるほどな。そう言う事なら俺らの出番はなさそうだな。よっぽどそのニヴィールの二人が大事と見えるぜ」
「当たり前じゃ。お主にはそのうち別の仕事を依頼することもあるじゃろう。その時はよろしく頼むぞ」
「へいへい。あーあ、せっかくデケェ仕事の匂いがしたってのにとんだ無駄足になっちまったな。ま、そこまで嬢ちゃんが大事に扱いたがってんならしかたねぇか」
うし、とオルヴィウスは自身の膝を叩いて立ち上がる。立っていたクライヴの肩をパンと叩き、扉へと向かっていく。
「最近はショボい仕事しかなくて暇なんでな。何かありゃいつもの酒場でオヤジに伝えてくれ。嬢ちゃんの依頼ならすぐにすっ飛んでくるからよ」
「そんな危急の要件など無いに越したことはないがの。考えてはおこう」
「あいよ。んじゃ忙しいとこ邪魔したな」
背を向けたままエレクシアに手を振り、部屋を出ていく。だからエレクシアが気づくことはなかった。
――オルヴィウスが楽しげに笑っていたことに。
扉がバタリと閉まり、エレクシアはふぅと息をついた。なんとかあしらう事ができた、と安堵しながら再び書類仕事を再開しようとソファから立ち上がって机の前に戻る。
クライヴもまた自身の仕事に戻るべく、エレクシアに向かって一礼して部屋を出ていこうとした。
そこでふと、気づいた。
「ん? どうしたんじゃ?」
「あ、いえ……」
クライヴはコート掛けに残ったマントを手に取る。そして扉の向こうを見つめると、呆れた様子でボヤいた。
「あの男……大事なマント忘れているじゃないか」
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