第14話 模擬戦(その1)




「……確かに乗ってみたいとは思ったけどさぁ」


 余りにもいきなり過ぎやありませんかねぇ。伊澄はコクピットのシートに座りながらぼやいた。

 エレクシアから提案されたのは、国軍騎士との模擬戦だった。それも相手は先程準備完了の知らせにきた、頬に傷のあるあの騎士だという。聞けば彼は王国国軍のノイエ・ヴェルト隊の隊長を長く務めており、かつ十三年前の事件の時の生き残りだという。

 エリートでありかつ歴戦の戦士。対してこちらは、操縦さえまともに経験のない初心者だ。有利・不利を超えて最早いじめではなかろうか。


「大丈夫だ、少年。あくまで君に我が国のノイエ・ヴェルトがどのようなものか体感してもらいたいという、王女様のはからいだ。ただ、一人で操縦するよりは相手も居た方がやりやすいし、サポートも必要だろうとのお考えで僭越ながら私が相対させてもらうこととなった。

 なに、私も君が初めてだということは聞いているし、模擬戦といっても実際に本気で戦うわけではない。慣れ具合によっては少々手を出させてもらうかもしれないが、客人に怪我をさせるわけにもいかない。せいぜいがちょっと攻撃を受けさせてもらってアドバイスする程度だから安心したまえ」


 乗る前に件の騎士からはそうお達しがあったが、それも何処まで本気にしてよいやら。エレクシアが伊澄に助力を請うたということは、裏を返せば既存の兵士たちだけでは不足ということだ。少なくとも当事者からすれば面白くないだろうと伊澄は思う。


「すみませんねぇ、お客人。うちの姫様はちょいとサプライズがお好きな方なんですよ」

「あ、いえ。その、ええっと……」


 簡単なレクチャーをしてくれるスタッフが傍に居たことを失念し、ぼやきを聞かれた伊澄は焦る。が、作業員の男性からは


「分かってますって。別にチクったりはしませんよ。我々もちょくちょく振り回されてますから。ま、そこが姫様の可愛いとこでもあるんですけどね」


 と慰めなのかノロケなのかよく分からない話が返ってきたのだった。

 とにかくも伊澄は気を取り直すと、軽そうな雰囲気の彼からレクチャーを受けていく。

 そうして分かったのは、操縦システム自体はニヴィール、つまり伊澄たちの住む世界のノイエ・ヴェルトとそう変わらないということだった。ペダルやレバーなど、細かい造形は違えどもそれぞれが担う機能は同じ。システムとしてはやはり洗練されていて伊澄も感嘆するところだが、まるきり異なるわけではなさそうだ。


「魔法があるからちょっと心配だったけど……」


 そこはさすが表裏一体な世界だというところか。或いは種族は違えど人という種である以上、思考も似通っているのかもしれない。

 実際のノイエ・ヴェルト自体に乗るのは伊澄もずいぶんと久しぶりだが、最近のゲームシステムも実物のノイエ・ヴェルトと近いインターフェースであるし、これならば何とかなりそうな気がした。


「――とりあえずこんなとこですね。一発で覚えるのは大変でしょうけど……」

「ありがとうございます。僕の知ってる機体と結構近いので何とかなりそうです」

「そりゃ良かった。そこのボタンを押してもらえればマニュアル本が出てくるんで。困ったらそっちを参考にしてください」


 それじゃご武運を。スタッフの男性は、帽子を被り直すと伊澄に向かってサムズ・アップし、伊澄もまた同じく親指を立てて返した。

 開いていたコクピット部がゆっくり閉まっていく。緊張から、思わず伊澄はため息をついた。

 外からの光が完全に遮断され、真っ暗闇になる。だがすぐにモニターが点灯し、その明るさに眼を細める。

 そしてすぐに伊澄の顔が一気に驚き染まった。


「すごいっ……! 全天周囲モニターだ!」


 上も右も左も後ろも。グルリとモニターが伊澄を取り囲み、格納庫の様子が一気に映し出される。足元にはモニターが無いので正確には全天周囲モニターではないのだが、今の伊澄にとってはそんなことは些細なことだ。

 子供のように頬を緩ませ、座ったまま見回す。ゲームやアニメではよく目にしていたが、まさか本物の機体で全天周囲モニターを体験できるなんて。胸の奥で期待が高まっていく。


「外までは私が先導しよう。格納庫内で転倒すると大問題だからな」


 スピーカーから隊長の声が聞こえ、「これかな?」と迷いながら伊澄がマイクのスイッチを押して「お願いします」と返事をする。

 たくさん並んでいた量産型ノイエ・ヴェルト――確か、スフィーリアと呼んでいた――の一機が近づいてくる。コクピットの高い位置から見るノイエ・ヴェルトは、いつもとは違った迫力があり少しドキリとした。


「抱えて外まで行く。シートベルトには問題無いな?」


 問題ないです、と応えながら「抱える?」と伊澄は首を傾げた。たがその意味をすぐに理解した。

 言葉通り伊澄の乗った機体が抱え上げられて地面から宙に浮いた。いわゆるお姫様抱っこの状態であり、まさか自分がするよりも先にされる立場になるとは思わなかった伊澄は苦笑した。


「こんな華奢な見た目なのに……どんな強度の素材とジェネレーターを積んでるんだ?」


 上下に揺られながらも伊澄はモニターに映る機体の各部を具に観察することを怠らない。見える範囲の外観では関節部にそう特別な機構は使ってなさそうだ。だが関節の一部、それと機体を抱える手のひらが光っているのに気づいた。

 モニターを指でなぞり画像をズームする。そこには見慣れない幾何学模様が刻まれていて、さすがに伊澄でもそれが何であるかすぐにピンときた。


「もしかして、魔法?」

「ご明答。関節部には強度向上と摩耗を抑える土系魔法が、そして手のひらには触れたものの重さを軽減する風魔法の魔法陣が刻まれている」


 隊長の解説に伊澄は何度目かわからない感嘆の声を上げた。なるほど、それならばこのパワーにも納得がいく。つくづく魔法とは便利なものだ、と羨望を禁じ得なかった。

 格納庫の出口はそのまま訓練場になっているようだった。出てすぐには広大な広場があり、その周囲には背の高い木々が並ぶ。更に奥には天然のものかそれとも人工的なものかは分からないが湖らしい溜まりがあり、傾いている太陽の光が赤く反射していた。


「……赤い?」


 まだ夕焼けには早い。伊澄はコクピットから身を乗り出して空を見上げた。そしてすぐに理由を理解した。

 空は赤かった。瑠璃色の黄昏以降、伊澄たちの世界も昼間は昔と違って赤みがかっていたが、それよりも尚も赤かった。それは、疑っているわけではないがエレクシアの話が本当であることの証拠なのだろう。

 そんなことを考えていると、スピーカーから「下ろすから気をつけたまえ」と声が聞こえ、遅れて軽い揺れが伊澄を襲う。しかしスフィーリアは操作せずとも倒れることなくそのまま自立した。特にスイッチを入れた記憶はないが、オートバランサーは自動で作動しているらしい。


「まずは慣熟から始めよう。危ないと思ったら私がフォローするから好きなように操作しても構わない」


 ありがたい。隊長に伊澄は率直に礼を述べると、自分側のマイクを切った。そして息を一度大きく吐き出した。


(久しぶりだな……)


 握るレバーの硬い感触。脚を乗せたフットペダルの重い感覚。ずっと忘れていたものだ。ゲームセンターの筐体も作りは似ているが、やはりチープさは否めない。

 伊澄は眼を閉じ、息をゆっくり吐き出して昂ぶる気持ちを落ち着ける。気を抜けば、小さな子どものようにはしゃいでしまいそうだった。

 脚に力を込め、慎重にペダルを踏み込んだ。久しぶりだから、と恥ずかしい失敗をしないように気をつけていたのだが、しかし伊澄の体は意図に反して一気にシートに押し付けられた。


「うわっ!?」


 瞬く間に加速する機体。モニターの隅で外の木々が残像となって流れていく。慌てて伊澄はレバーを引いた。すると今度は極端に制動が掛かり伊澄の体が前へ投げ出された。


「っ……つぅぅ……」


 衝撃によって逆流してくる胃の中の物をなんとか飲み下し、伊澄は肩の辺りを擦った。シートから転落することは避けられたが、シートベルトをしていなければ正面のモニターに叩きつけられてしまっていただろう。


「大丈夫か?」


 スピーカーからの心配する声に、伊澄はレバーだけを操作して機体の手を上げることで応じると隊長機はその脚を止め、また伊澄機の様子を眺める体勢へと戻った。


「危なかったぁ……」


 強張った体をほぐしながら伊澄はそうため息を吐いた。相当な高性能機だと分かっていたつもりだったが、想像以上にピーキーな挙動をする。或いは、ゲームみたいに「遊び」が無いからかもしれない。何にせよ、伊澄の感覚以上に慎重な操作が必要とされそうだった。


「でも、これだけの急制動でもバランス崩さないってのはすごいよな」


 同時に思う。

 これなら――相当な無茶もできそうだ。さっきまでの自制心は鳴りを潜め、難しいおもちゃを手にした子どもの顔にすっかりと戻っていた。




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