第14話 ボブ・デュラハンは決断する。

     ⁂


「世灰、一つ質問してもいいか?」


 阿須倣あすならアルサと兵罠世灰へいわなせかいは本日も並んで登校の道を歩んでいる。

 昨夜振った雨の影響で路面は濡れていて、てかてかと光っているが、この天気のよさだ昼までにすっかり乾いていることだろう。もっともアルサは雨のほうが好きだった。


「何かしら」


「どうして世界を破壊する」


「どうだっていいでしょう? 理由なんてどうでもいいのよ。あなたがやらなければならないのは、わたしが十八歳になるまでにわたしの心臓を停止させることなのだから」


 世灰はふくよかとは言えない胸に手を置き、心臓の在処ありかを教えるように言った。


「どうして十八歳なんだ?」


「わたしの母が言ったのよ。十八までにこの世界で何も見つけられなければ、壊してもいいわってね」


「迷惑な母親だ」


「でもそうでなければその時に世界は終わっていたのよ。母が与えたのは猶予」


「なら感謝するべきなんだろうな」


 世灰は立ち止まった。アルサもそれに倣う。彼女はアルサの顔をじっと見ていた。


「あなたはこんな世界がまだ存在し続けることを望んでいるの?」


「どういう意味だ?」


「あなたの気持ちが知りたいのよ」


 アルサは空を仰ぎ、偶然通りかかったカラスの翼が空気を叩くのをぼんやりと見た。それから口を開く。


「わからん」


「ならどうして世界を救うおうとするの?」


 それなら答えは明白だった。


「任務だからだ」


 そう、任務。アルサにはそれしかなかった。最愛に兄にももうしばらく会えていない。だが任務をし続け、生き残る限りどこかでまた会うことができるだろう。



     ⁂


 早朝の教室にクラスメイトはまばらだ。

 東向きの教室の窓から朝日とは言えない高さまで登った太陽が光を強引に降り注ぐのをボブ・デュラハンは意識せずに眺めながら、ひとり考えを整理していた。

 空気はしだいに騒がしくなる。

 ボブは胸ポケットから生徒手帳を取り出して、一枚の写真を眺めた。

 病室で撮影された家族写真。相も変わらずそこには三人が笑顔を浮かべてこちらを見ている。


『おまえにこの任務は向いていない。


 汚れた手で病気と奮闘する娘を抱けるのか?』


 阿須倣アルサは間違っていない。

 今回の作戦は間違いなく兵罠世灰へいわなせかいを標的にしたものだ。だがおそらく彼女は死なないだろう。こちらは大勢の人民の命と引き換えに、兵罠世灰が最強だという事実を改めて再確認するだけだ。

 そこにいったい何の意味があるのか。

 ただいたずらに市民を虐殺する行為に正義があるのか。

 

 確かに世界を救うという大義名分はある。だが有効ではない手を使い、それによって多くを失うのは愚かとしか言いようがない。

 ボブ自身何度も上層部へ作戦を中止するように掛け合ってきた。もちろん彼のような一兵士の意見が聞き届けられるはずもない。何しろ作戦の決定を行ったのはアメリカ合衆国大統領なのだ。三億人もの人々の同意をもって、何も得られない殺戮ジェノサイドが実行される。

 そんなこと赦されるはずがない。


 阿須倣アルサはどういうわけかそれを止めようとしている。どういう意図があるのかはボブには分からないが、もし彼が虐殺を行う側でなければ同じようなことをしただろう。

 いや、自分にそれができただろうか?

 自らの危険を顧みずに、接点のない人々を救うという決断を自分にはとることができるのだろうか?

 いずれにせよ阿須倣アルサはそれをしようとしている。

 いまや世界の大部分を統べる大国相手に、その大国が決行しようという蛮行に、一人で立ち向かおうとしている。


 無謀極まりない。

 愚かにも程がある。


 だが、あの冷徹無比な殺し屋と、家族のために戦う自分と、どちらが正しい行いをしているというのか。


「答えを聞こうか」


 登校してきた阿須倣アルサはボブの横を通る際に、そっと言った。


 ボブもまた彼の姿を見ないで答える。


「放課後に音楽室へ来い」


 ボブはすでに決断していた。



     ⁂


 アルサはボブの背中を追って音楽室へ向かっていた。世灰は授業が終わったのに気づかず机に突っ伏して寝ていたので都合がよかった。

 ボブはどこか全身を強張らせている節があった。


 校舎の最上階に音楽室がある。音楽室は三つあったが、ボブが選択したのはその一番端の部屋だった。


 アルサはドアを開けて、一歩入る。


 防音壁の張り巡らせた部屋独特の空気が彼を向かい入れる。


「さっさと話しを聞こうか」


 アルサは振り返った。

 ボブはアルサの頭に銃口を向けていた。

 隣の準備室のドアが開き、銃器を持った連中がアルサを取り囲む。


「そうか、おまえはそういう決断をしたわけか」


 ボブの眼をアルサを見た。それは苦悩で歪んでいた。


「赦せ、阿須倣あすなら


 ボブは後ろ手で音楽室の扉を閉める。


 バタンと鳴ったその音は、吸音材に殺される。

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