第12話 大国が動く。

     ⁂


「悪いがゆっくりしている時間はない」


「あら、冷たいわね。久しぶりだというのに」


「そうでもないだろう」


 世灰が眠りに落ちたのを確認してから、阿須倣あすならアルサはアパートを抜けて覆江町の夜唾よつばの店へと来ていた。

 世灰が起きている昼間に来ることはできなかったので、依頼の進展などを報告するのもこれが初めてだった。


「それで? どうなったわけ」


「兵罠世灰の恋人になった」


「は?」


「だから兵罠世灰の恋人になったんだ」


「馬鹿なの? どこの世界に暗殺しようというターゲットと恋人になる殺し屋がいるわけ」


「それが一番都合良いと判断したまでだ」


「わたしには邪な理由があるとしか思えないわね。——で、今日来たのはもう少し大きいサイズのベッドを買ってくれってことかしら」


「違う」


「それとも妊娠の報告に?」


「ふざけるなよ、夜唾。——恋愛感情があって付き合っているわけじゃない」


「あなたはそうかもしれない。なら、兵罠世灰はどうなの? 彼女があなたと付き合う理由は?」


「俺が告白したからだろう」


「さすがにひいたわ。自信家もそこまで行くと、ただただ気味が悪いわね」


「そういう意味じゃない。最強として俺の挑戦は受け入れざるを得ないだろうと予測したんだ。事実そうなった」


「どうかしら。案外、あなたに惹かれたのかもしれないわよ。——性格はともかく、あなたって結構かわいい顔しているし」


「そうか?」


「あー、やっぱり今の取り消し。なんかあなたを見ていると腹が立ってくるわ。少しは喜んだりしなさいよ」


「やったー」


 アルサは無表情なままで万歳を披露した。


「殺していい?」


「俺が悪かった」


「当然よ。——で、殺せるの?」


「今のままでは無理だ。世灰は最強だ」


「なに、あなた下の名前で呼んでいるわけ?」


「恋人だからな。それにおまえが言ったんだ。女の子は唐突に下の名前で呼べばときめくって」


「結果は?」


「死にかけた」


 夜唾が目の前で笑い転げるのをアルサは黙ってみていた。

 ひとしきり笑ってから彼女は目尻の涙を指先で拭う。


「でもあなたが打開策を見いだせないなんて、相当厄介なようね」


 アルサは素直に頷いた。


「まるで糸口が掴めない。試しに毒を盛ってみたんだが、まったく効果がなかった。寝ている間に練炭を焚いてみたんだが、それも効果なしだ。ナイフも銃器もまるで効かない。

 正攻法では無理だ」


「まあ、そんなやり方で殺せるくらいなら、こんなに苦労していないわよね。あなたのほかにも殺し屋がいるようだし。

 でも、厄介なことになったわよ」


「つまり?」


「品豆山が吹っ飛んだ。やったのはもちろん最強」


「ああ。見ていた」


「土砂の大半は町と反対方向に向かったけれど、被害はなかなかのものね」


「俺はクビか?」


 アルサの任務の一つは、最強が街に及ぼす被害を最小限にすることだ。


「さすがにそうはならなかったわ。まあ、依頼主は怒っていたけれど、どうしようもないでしょう」


「厄介、というのは」


「今回のことで、いよいよ大国が動き出すわ」


「ああ、そいつは厄介だな」


「ええ。近いうちにアメリカが武力でもって兵罠世灰殺害を決行する。

 あなたの役目はそれを阻止すること」


「また無理難題だ。アメリカはどの程度の武力を行使する気なんだ」


「核以外のありとあらゆる武力よ」


「街が飛ぶぞ」


「経済的に世界トップクラスといえど、瑞廉市国はしょせんアジアの一国に過ぎない。地球の裏側の国がどうなろうが、あの国の気にすることではないわ。

 しかも今回はもう一方の天秤に世界が載っている」


「もし今回の作戦が失敗したなら」


 夜唾は頷いた。


「ええ。核が出てくるでしょうね」


 それから楽しそうに笑った。


「さて、阿須倣アルサ。期待しているわ」


 そんなの無茶苦茶だ、とアルサは呻いた。




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