第2話 依頼の詳細

     ⁂


「それで?」夜唾の店に戻ってさっそくアルサは訊ねた。「誰が何を破壊するんだ?」


「最強が、世界を、よ」


 改めて聞くとやはり馬鹿々々しく聞こえた。世界を破壊など、今時の悪役なら恥ずかしくて計画することさえ躊躇することだろう。もしそのような発言をしようものなら、家に帰って枕に額を打ち付けること必然である。


「どうやって?」


「さあ、あのトビキリの美貌でキュン死にでもさせるつもりなんじゃない?」


「そいつは厄介だな」


「そう。だからあなたは兵罠世灰へいわなせかいがウフフとやる前に彼女の息の根を止めなければならないの。分かった?」


「依頼人は誰なんだ?」


「彼女の父親、刺繍寅ししゅうとらイザナギよ」


 俺は少し驚いた。


「市国長の?」


 夜唾は頷く。


「娘と言っても血は繋がっていないようね。幼い頃から兵罠世灰は最強だったそうよ。おそらく娘にして監視していたかったんじゃないかしら。ごく最近まで人目に触れないように生活させてきた」


「箱入り娘ってわけか」


「箱から出したらこの有様」


「世界破壊をほざき始めた、と」


「それ自体は昔から公言していたそうよ。でもどうやら本気らしいって出来事を起こし始めた」


 夜唾はタブレットを取り出して何やら記事を表示してみせてきた。


「ああ、これなら知ってる。ヤクザの支部がビルごと吹っ飛ばされたって話だ」


「ええ。で、これは出回っていないもの」


 夜唾は画面をスライドさせる。動画だ。防犯カメラの映像だろうか。荒い画質でビルのエントランスと思しき空間が収まっている。

 自動扉が開いて、何者かが入ってきた。


「こいつは、兵罠世灰か?」


 夜唾は軽く頷いた。「ここからよ」


 世灰は画面のちょうど中央の位置まで歩いてくると、そっとしゃがみ込んだ。眩暈でもしたのか、という行動である。

 見ていると、世灰は右手をそっと床に添えた。

 驚くべき光景が展開される。

 世灰の右手を中心点として放射状にビキビキビキと床にヒビが入った。ヒビは広がるごとにその幅を増していき、ほとんど裂け目と同義になる。

 ヒビはフロアに床を蹂躙すると、画面の左奥にうつる壁の上も走り始めたところで、動画が止まる。おそらくカメラがやられてのだろう。


「冗談だろ?」


 アルサは呟いていた。


「至極真面目な話よ。兵罠世灰は手を添えるだけで、十階建てのビルを破壊したってわけ」


「有り得ない」


 すると夜唾は溜め息をついた。


「ねえ、有り得る有り得ないの話はいい加減やめない? 実際に有り得たんだから、つべこべ言っても仕方ないでしょ」


「すまない。だがもし兵罠が世界を破壊する能力を持っていたとして、彼女はそれを幼い頃から公言していたのだろう? どうしていままで放っておいたんだ」


「繰り返しになるけど、誰が信じるっていうの?」


「信じないだろうな」


「この一か月、彼女はほんの気晴らしにこうして何かを破壊して回っているわ。世界破壊は信じられなくとも、放っておける段階ではなくなったわけ。

 でも表立って行動はできない」


「市国長の娘」


「その通り。だからわたしたちに依頼が来た」


「断るべきだ」アルサは断言した。「俺には彼女を殺す能力がない。さっき会って確信した」


「やりなさい」夜唾も断言する。「市国長に借りをつくれるのだとしたら、それはあなたの命よりずっと価値あるものよ」


「つまり玉砕覚悟で殺せと?」


 夜唾はあざとい声を出した。


「死んじゃいやよ」


「まるで本心には聞こえないな。――だが、いずれにしても俺には荷が重過ぎる。兄貴にやらせたらどうだ?」


 すると夜唾は意味深に目を逸らした。


「出張中よ」


「他の奴らは?」


「あなたしかいないわ」


「なんでそうなる」


「ねえ、アルサ。あなたはわたしが認める最高の殺し屋よ。だからお願い。断るとどうなるか分かっているわよね?」


「お願いと、脅しが混ざっているぞ」


 アルサは背中に冷たいものを感じながら言った。兵罠世灰に恐怖を味わった彼であったが、実のところ夜唾の方が彼にとってはずっと怖い存在だった。


「ちなみに彼女の命を狙っているのはわたしたちだけではないわ。世界を破壊するとおくびもなく口に出しているのだもの。それが事実と知れば放っておけない連中が山ほどいるのよ」


「まあ、そうだろうな」


「あなたには彼女が在籍する瑞廉みずかど高校に入学してもらうわ。三年B組、そのクラスにはすでに各国が送り付けた殺し屋が、兵罠世灰暗殺のために動いている」


「そんな危ないところに俺を?」


「もちろん。これは愛情よ」


「何が愛情だ」


「わたしの愛は見返りを求めるわ。あなたは誰より先に、兵罠世灰を暗殺してちょうだい」


「無理だ、と言っても聞かないんだろな」


「当然よ」


 夜唾はさっと高校の制服と思しき衣類を取り出した。


「さあ、行ってちょうだい。失われた青春を取り戻しに行くの。何と言ってもあなたはまだ十七歳だもの。兵罠世灰を暗殺さえすれば、他は自由に行動する許可をするわ。とはいえ、淫らな行為はほどほどにね」


 アルサは黙って制服と、夜唾が用意した瑞廉高校近隣のアパートの鍵を受け取った。


 出ていこうとすると、夜唾に呼び止められる。


「言い忘れていたわ」


「何だ?」


「市国長からもう一つ依頼があるのよ」


 アルサは黙って先を促す。


「兵罠世灰から人々を守ること。彼女がこれ以上建物や市国民に危害を加えないように最大限の努力をしてちょうだい」


 アルサは再び断言した。


「無理だ」


「最初から無理と決めつけていては、できるものもできないわ」


 夜唾は他人事のようにそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます