第83話

武道大会予選二日目

とりあえず俺は出場選手達の試合を見ながら雑務をこなす。


「まったく、武道大会中もこんなに仕事があるとは思ってもみなかったよ」


アルトはそう言って、決済書類に判子を押していく。


「仕方がありません。武道大会中でも町の領地の運営はしないと行けませんから」


部屋の中央には、何やら紙の山を抱えた暗部メイドがそう言った。


「ねぇ、それは?」

「追加の決済書類と、あちらが直近の報告書になります」


どうやら今日俺は予選の参加が出来ないみたいだ。

この書類が片付いたら、もしかしたら一戦くらいは出来るかな?と思い、書類を確認しながら判子を押していく。


この部屋は今は俺専用となっているが、代官が居て闘技場を使用しているときは代官が使うことになっている。


結局、バルムに行ったアディの新人代官は、元ミルフェルト部下で、バルムの代官だったサイマラの熱い指導が入りまくり、帰還予定日が大分過ぎている。


……うちの代官、帰ってくるよね?


と、思いながら毎日過ごしているアルトは、早く楽をしたいがために、代官の帰還を待つのだった。


予選二日目の昼頃に差し掛かると、会場内で一際大きな歓声が上がり、ふと視線を上げるとどうやら次の試合は、ハンス陣営の……確かトウカと呼ばれていた女性が戦うようだ。


見た目は普通の女の子……何だがなぁ……。

何より、こっからでも彼女の濃密な魔力が感じれるのは、本当に恐ろしいな。


アルト自体も魔力は常人には無いくらいの魔力量を誇ってはいるが、ハンス陣営のハンスに至っては、アルトよりも魔力量は多いと感じている。

だが、不思議なことに他のソウシュやセキメ達ハンス陣営の6人は何故か魔力量は全くの同じに感じていた。

正しく測っていないが、多分これは間違いないと思う。


そして、この6人もアルトに近い魔力量を誇っていて、魔法においては油断がならない。


もし、この武道大会で戦うなら苦戦はするだろう。


そのため、少しでも手の内を見たく、仕事の手を止め試合を観察する。


◇◇◇


部舞台の上では、ハンス陣営のトウカと呼ばれている女性が、手に大きなハンマーを持ち、普通にたっていた。


一方、対戦相手の戦士風な男性は、歓声が大きくなったことが目の前のトウカだと知ると、その姿をまじまじと見る。


「……貴殿は物凄く人気なんだな」

「あら、どうも。私には人気な理由が分かりませんが?」


トウカは何故歓声が大きくなったことに対して全くの興味が無く、首を傾げながら対戦相手にそう言う。


「それは、貴殿が美し過ぎるのが原因ではないか?正直、この大会には似合っておらん」

「ふふっ、まるで親方みたいな事を言うんですね」


美しいと言われて嬉しがる。と、いうより以前、親方と言われる人に同じ事を言われてそれが面白かった用で、トウカから笑みがこぼれる。


「親方とな?」

「ええ、私しは普段メルガイと言う町で大工のお仕事を手伝わせてもらっているので、そちらにてお世話になっている方ですわ」

「だ、大工……失礼だが、貴殿はここは武道大会であることは分かっているのか?」


まさか、目の前の女性が大工で、しかも職種が大工なのに武道大会に参加しているのか分からない戦士風の男。


「ええ、勿論ですわ」

「……聞けば聞くほど、貴殿の事が全く分からん。試合となれば手加減は出来ぬぞ?」

「ええ、全力でお願いいたします」

「むぅ……やりにくい……」

「……では、準備は宜しいですか?予選開始!」

会話はここで終わったと審判は判断し、試合の開始を告げる。


「くっ、しょうがない、なるべく痛みがないようにするしかないか!」


そう言うと戦士風な男はロングソードを横に構え、トウカに向かってダッシュで近付いてくる。


「あら?遠慮は要りませんのに……」


トウカの表情は手加減されてしまったことに、残念な表情を浮かべ、戦士風な男が横凪ぎにしてきたロングソードの腹を、ハンマーで受ける。


「なっ!」


受ける際に、勢いを殺すようにされ、ロングソードとハンマーがぶつかる音があまりなく、しかも戦士風な男が全力ではなかったが、細身の女性が弾き飛ばされる位には力をいれていた、その攻撃を目の前のトウカが難なく片手で持っていたハンマーで受け止められ、驚きを隠せないでいた。


「だから、全力でと話したではありませんか」

「ぐぶっ!」


お互いの武器を起点にし、トウカの身体が素早く移動をし、戦士風な男の懐に入った瞬間に、腹部を装備していた鎧の上から殴られ、

その衝撃で後ろへ殴り飛ばされ、惨めにも部舞台を転がる戦士風な男。


「ぐっ……一体何があったのか…いや、殴られたのか……鎧の上から」


戦士風な男はそう言って殴られた箇所を見ると、トウカの拳の後がくっきりと残っているのを見ては、冷や汗が出てくる。


「この鎧は魔鉄せいだぞ……なるほど…これは本気で行った方が良さそうだ」

「良かったですわ。手を抜かれたから、手を抜き返したかいがありましたわ」

「ははっ…これで手を抜いたとは、恐ろしい……では、行くぞ!」


全力で踏み込み、先程とは違って接近速度も剣速も速くなった戦士風な男。


「うぉぉぉぉっ!」


戦士風な男の武器はロングソードだが、普通のロングソードよりも太く叩き切りがメインの攻撃方法で、連続で振るにはいくらか向いていないロングソードだが、両手で全力で降り息を付く暇さえ与えないそんな速度だ。


「うぉぉぉぉっ!唯一我れが使える魔法は身体強化!その身体強化を鍛え、更に身体も鍛えてきた!貴殿には謝ろう……見た目で貴殿を判断したことを!予選では温存しておきたかったが、致し方なし!我が必殺……五月雨斬り!!」


戦士風な男が言うだけはあり、剣速が急に速くなり一撃一撃も重たいようで、ロングソードとハンマーがぶつかる音が凄く大きくなっていた。


対するトウカも流石に片手で勢いを殺すように受けれていた攻撃も、剣速が上がったため両手でハンマーを握り防いでいる。


「うぉぉぉぐがぁっ!」


ひたすら続くかと思われた戦士風の男の攻撃だったが、 更に速いスピードを見せたトウカの一撃で、戦士風な男は再度弾き飛ばされお互いの距離を開けられてしまう。


「身体強化なら私も得意とするところですわ」


身体強化の魔法は、接近戦においてはもっともポピュラーな魔法だが、この魔法を極める事が出来たら一騎当千となりうる魔法だ。

そして、戦士風な男が使った身体強化の魔法は極めるまでは達していないにしても、常人が使う身体強化魔法よりも精度も熟練度も違っていた。


ここまで辿り着くのにどれだけの修羅場をくぐってきたかは知らないが、30歳を過ぎてなおまだ極めきっていない。

だが、目の前に立っている二十歳前に見えるトウカが使う身体強化魔法は、そんな修羅場をくぐってきた戦士風な男よりも更に上。


試合が始まる前までは、若い女性が相手とあって戦いにくい……と、思っていた戦士風な男。

だが、ふたを開けてみればそんな自分がもてあそばれるまでの実力差に感じ、この年になっても未だに挑戦者の方だった。


「ふふふっ、はぁっはっはぁ!いい!いいぞ!貴殿……いや、トウカ殿!」

「?……打ち所が悪かったのでしょうか?」

「いやいや、某より強き者に出会えた嬉しさゆえ、トウカ殿!この試合は某が負けるであろう。だが、簡単には負けるわけにはいかん。胸を借りるつもりで全力で行かせてもらおう!」


戦士風な男はねっからの武人の様で、今回の戦いを、トウカの本当の強さを知るためにトウカへロングソードをかまえる。


「ふふっ、変なお方。私などよりも強い方なら沢山いますのに。でも、それなら私も本気を出さないと失礼にあたりますわね」

「よろしく頼む!」

「では、行きます!」


戦士風な男は、トウカがどんな凄いハンマーでの攻撃をしてくるってのは分からない。


人や魔物は相手を攻撃する際に、無意識に殺気を放ち攻撃すし、殺気を感じれる者はそれを頼りに避けたり攻撃したりするのだが、トウカには殺気というものが全く感じれなく、こうまでないと戦士風な男は戦いにくい相手だった。


そんな、トウカだったが本気になったのか、戦士風な男は僅かだが殺気を感じ取れた。


(む、来る!)


それと同時に、戦士風な男の先程の接近速度を上回る速さで接近し、持っているハンマーで叩きつけるような構えをする。


(くっ、速い!だが、攻撃する場所が分かる!)


トウカの叩きつけに対して、ギリギリで避けカウンターを狙う戦士風な男は、避けやすいように少し重心を低くする。


だが、異変は直ぐにやって来た。

それは、戦士風な男の足元に突如として延びる植物の根が、戦士風な男の身体を持上げ、それに合わせトウカは、ハンマーを上に構え真っ直ぐに進んできたが、自分の攻撃範囲に入ると、身体を半回転させ攻撃を叩き潰しから、横払いへと攻撃を変更した。

しかも、接近したスピードを殺さず半回転の振り幅を得たハンマーは、植物の根に持上げられた戦士風な男の身体にキレイに吸い込まれていった。


その攻撃がスローモーションの様に戦士風な男が感じたのは、自分の死であった。

何度か喰らってきたトウカの攻撃だったが、その攻撃たちが足元にも及ばないと、直感で感じ無意識のうちに持っていたロングソードを盾にし受け止めようと動けたのだった。


だが、その防御が出来たにしても、無理だと分からせられる一撃、そんなスローの世界で更に驚く事が起きるのだった。


戦士風な男の身体に打ち込まれようとした、トウカのハンマーだったが、ロングソードをやはり打ち砕き、ハンマーが身体に触れる瞬間、その勢いがピタッと止まるのだった。


「……へっ?」


寸止めされ、風圧を感じながら助かった……そんな感情を戦士風な男が思った直後に、トウカの口が開く。


「はい、ここまでですね。どうですか?降参されますか?」

「あ、ああ、降参する」


戦士風な男の言葉により、審判が動き出すのだった。




◇◇◇


「凄い……」


アルトは雑務の手を止め、トウカ達の試合を見ていた。

部舞台の上ではトウカと戦っていた、戦士風な男が試合が終わり、控室に戻るトウカを熱心に見ていたが、次の試合もあるため審判が戦士風な男と話し、仕方なく戻っていっている姿が見受けられた。


やはり、魔力が高いだけじゃなく、身体能力も常人をはるかに上回っているな……。

いくら、半分は神様だったとしてもトウカみたいな仲間が6人もって、ズルくないか?

しかも鬼みたいに強いとくれば尚更だよな。


「アルト様、こちらが追加の決済書類になります」


そう言って、まだ未確認の書類の上に追加で書類をのせてくる。


「……ここにも鬼がいたか…」

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