第79話

「さて、そろそろ本題に入ろうか」

「ええ」


 ここは、ハンスが拠点にしている豪邸と思わせる屋敷の一角の談話室だ。

 その談話室には現在、アルトとハンス以外にはコルトと言うコボルトが居る。

 アルトはチラッとそのコボルトを見る。


 凄いな……まるで執事の様だな。


 と、ハンスの従魔であるコボルトに対して驚いていた。

 アルトはこの屋敷の中では玄関からの通路と、この談話室までしか見ていないが、最低限必要な物しかない、質素な部屋を見て違和感を覚える。


「まずはアルトではなく、速水さんの時、転生時に神界で色んなアイテムを莫大に手に入れたよね?」


 ハンスの口から驚くべき事を言われた。

 そう、自分は転生者だと……しかも、あのダンジョンみたいな部屋で手に入れ、アルトの人生を大きく支えてくれている、色んなアイテムの事も知っているみたいだ。

 アイテムを手に入れた事は、自分しか知らないと思っていたのに、そんなアルトは心臓の鼓動が少し早くなる。


「っつ!何でその事を…君は…一体……」

「あぁ、それからだね。僕も不本意ながら、そこに連なる者と言えばいいかな?」

「神……」


 アディで初めてハンスを見た時、あの逆らえないような圧と、先程アルトの自室で体験した圧は何だったのか疑問でもあったが、ハンスが神なら、何となくしっくりとくる。

 だが、突然、遠回しだが自分は神だと言われても、実際に言葉が詰まるアルト。


「半分正解。純粋な神では無いけどね。まぁ、僕の両親は神様で僕はその血を受継いでいると言うことだけ。しかも、神の両親以外にも人としての両親もちゃんと居るよ」

「神の両親と人の両親?」


 アルトはハンスが神だということは、疑っている訳では無いが、神の両親以外にも人としての両親もいると言われれば、意味が分からないアルトは、その事を聞き返す。


「そっ、人として生きてきた僕の身体に、神として産まれた魂が融合しちゃったんだ。ただそこで問題があってね……って、これ以上は流石にまだ話すのは早いかな。で、俺がこの国に行くなら、神の両親を伝って創造神のじっちゃんが依頼を出したんだよ」

「魂の融合……そんな事が……いや、魔法があるから有り得るのか……。ハンスの目的は僕が、神界で得たアイテム全ての回収と言うこと?」


 あのダンジョンみたいな所が神界なら、あそこで手に入れた物は、いつかは返さないと行けないんだろうな……と、残念な表情のアルト。

 それはそうだ。

 あそこで得たアイテムの数々のおかげで今のアディが成り立っているところもあるのだから。


「あぁ、惜しいけど違うね。全てではなく回収を頼まれたのは、アカシックレコード……神書だよ。アルトは現在それを複数所持しているよね?」

「アカシックレコード……神書……これ、ですね。確かに複数所持している……全部お返しすれば大丈夫なんですね」


 どうやら全てを返さなくて良いらしい。

 そのアカシックレコード……アルトが大事に使っている神書を手に出しハンスに見せる。


「そう!それ……って、本当に何冊持っているんだよ……」

「えっと……32冊かな」


 これを返さなくてはならないのかぁ……。と、思ったアルトは神書を全て机の上に置く。


「1冊あれば充分でしょ……普通」

「はぁ、植物や食べ物や様々なジャンルが詳しく載っている本をそれぞれ出していたら、増えたんだ……」


 これには流石のハンスも苦笑いしながらそういうが、書くジャンルごとに詳しい本が欲しいと、言っていたら同じ神書が出て来たのだからそうなる。


 まぁこれも、落ちて来る場所にマジックバックを広げてたから確認のしょうがなかったのだ。

 で、何のジャンルが後必要なのか確認するために、マジックバックの中の神書を出していたら、全て同じ本だったのに気付いたのは32冊出した後だったんだよな……。

 うん、これは仕方がない。


「あー、なるほどね……これは確かに依頼が来るはずだよ。ははは」

「不味かったですよね?」

「不味いどころではなく、この1冊があれば世界の情勢が変わる程のものなんだよ?それが32冊って、そりゃ創造神も慌てるはずだよ」


 あの人……いや、創造神様が慌てていたのか……なんか申し訳なかったな。


「にしても、その依頼が来るのに時間が掛かっているような……」

「まぁ、初めからアルトが神書を持っている事は分かってたんだが、1冊なら依頼は出さなかったが、2冊ある事が分かってかなり神界が混乱したそうだよ。俺には分からないが、いつか2冊同時にアイテムボックスから取り出した事があっただろ?」

「あぁ、確かにかなり前に取り出した事があると思うけど……知らない所でそんな大変な事になっていたとは……でも、僕が何冊持っていたのかは分からなかったんですね」


 てっきり、神の目は全てを見通すのだ!って全部知られていると思っていたな。


「ちゃんと調べれば分かったと思うが、神ってそういう所大雑把何だよね……本当」


 あっ、ちゃんと調べれば分かるのか……。


「そうなんだ……って、神書は1冊は持っていていいの!?」

「それは構わないらしいよ?」

「よかった……これがなかったら、不安だったから……」


 不安って言うか、まだまだこの神書で調べたい事は山ほどあるからな。


「だが、アルトがそれを使って、世界征服ってなったら、俺が止めることになるから……って、君は大丈夫そうだね。信じているよ」

「僕は、自由に楽しく過ごせれるだけでいいよ」


 世界征服って……いくら神書があっても無理じゃないのか?まぁ、楽しく自由に過ごせれば良いんだよな……ほんと。


「楽しく自由にか……アルトって、俺が目ざしているものと一緒なんだな。さて、これで依頼もスムーズに終わったとして、本当にアルトが良い貴族って、王族か……まっ、良い王族で良かったよ」

「あぁ、確かに我儘で傲慢な貴族もかなりいるからね……」



 それからお互いの身の上話に花が咲き、二人の話は続いていた。

 その話の中で、武道大会の事が上がり何でもハンスの部下で、ソウシュ達以外にも参加をしてみたい人がいるそうだ。


 気軽に参加を認めたが、一体誰が参加するのかは分かっていないアルト。

 とりあえず名前だけは聞いてきたので、次の日にはその人らを追加登録し、とうとう武道大会の開会式の日が訪れた。


 参加者も膨れに脹れ、700人を越す大盛況となる。


 だが、流石に全員の試合は武道大会の日程では消化出来ないので、参加者が増え過ぎた時は、本戦に進むための予選を実行する。


 本戦に進めれるのはこの中のたったの32名のみ進める。

 予選も本戦と同様に闘技場で行われ、予選だけで2週間と長く行われる。

 この期間も闘技場には観客が入り、誰がこの中から優勝するか、本戦の賭けのため熱い視線と声援が会場中に響く。


 この世界には娯楽と言うものが非常に少なく、アディの住民も他所から来た観客もヒートアップしていた。


 こういった武道大会では、多くの貴族や商会主等も多くいて、個人観客席は既に予選のこの期間においても8割程埋まっている。


 この貴族や商会主の目的は、腕のある出場者のヘッドハンティングと言う目的もあるので、より熱心に大会を見に来ていた。


 例え予選で落ちても、優秀だと判断されれば彼等は動き出し、自分の部下にするべく交渉するのだ。


 対する出場者にもそれが目的で出場しているものもおり、時には派手な動きをしたり、魔法を放ったりして、結果観客を更にヒートアップさせる原因となっていた。


「凄いな……」

「ここまで盛り上がるとは、大成功で御座いますね」

「これも皆が準備してくれたおかげだね。…で、今回の参加者のスカウトはゼロスに任せて良いんだよね?」

「はい、そのつもりでございます。如何されましたでしょうか?」

「あぁ、前回、食事会をしたハンスや部下達は放置で良いよ。ついでに他の貴族や商会主達にも手を出さないように、注意喚起をしておいて」

「かしこまりました。ですが、彼等は素晴らしい逸材の集まりですぞ?」

「……彼等は自由に楽しくが目標みたいだから。……それに、ハンスを敵に回したら、誰も抑えきれず、国が滅ぶんじゃないかな?」

「まさか……そ、そんなにでございますか……」

「そう簡単に暴発はしないと思うけどね」


 ♢♢♢


「おいおいおい!何処見て歩るかせとるんじゃ!ゴルァァァッ!!」

「へっ?前っすけど?」

「うぉっ!なんだ?このゴブリン、人の言葉を喋りやがるぜ!おい、このくそゴブリン!てめぇがぶつかったせいで大事な鎧に傷と汚れが着いちまったぁ!直ぐに弁償せれば勘弁してやらぁー、金貨1枚でな!」


 ここは、闘技場内の軽食販売所の近く、ハンスの仲間のゴブリンのゴータが、手に持った食べの物と飲み物を、ハンスに持って行こうかとしていたら、筋肉隆々な男が難癖をつけてきた。


「おかしいっすね。あきらかにそっちからぶつかって来たっすけどね?」


 実際にこの闘技場内は何処も人で溢れかえっているため、この男はゴータではなく違う人とぶつかったのだが、その事を男が分からず目の前にいたゴータに対して文句を言っている。


「はぁ?魔物の分際で、人様に反論があるってか?舐めるんじゃねーぞ!」

「そこ、少々どころかかなり五月蝿いぞ。おい、ゴータもこんなクズを相手にすんじゃねぇよ」


 ソウシュ達とどこか似た青年がそう言った。


「それもそうっすね。結局意味が分かんないっすもんね」

「おい、キサマ!この俺様をコケにするたぁ、いい度胸してるじゃねぇか……流石の俺様もクズ呼ばわりされちゃ、黙っておけねぇーな」


 挑発するような言葉だが、ゴータ達はその気が無く、ただめんどくさいと思いつつ話をするが、対する男は更にヒートアップをするだけだった。


「……黙っておけないって、さっきからうるさいっすけどね」

「ほらほら、ゴータ相手にしない。早くハンス様にお飲み物を届けないといけませんから」

「それもそうっすね」


 ゴータと青年の後ろで軽食を持った女性は、目の前で起こっている事にまるで興味がなく、早く購入した物をハンスに持って行きたい様子。


「おいおいおい!無視すんじゃねぇぞ、ゴルァ!この俺様はあの、ガルバ帝国のCランク冒険者、骨折りラジークだぞ?」

「骨折り?……変な名前っすね…」

「ゴータ、相手にするな。行くぞ」


 この世界の情報に疎いゴブリンのゴータは、相手の変な名前に首を傾げ、仲間の方を見ると、先に行っていることに焦りを覚える。


「あっ、コクセキにハク、待ってっす!置いてかないで欲しいっすよ!ハグれたら絶対にオイラ迷子になるっすよ!」


 そう言っては、本当に焦った様子で購入した物を口に運びながらバタバタと走っていく。

 その後ろでは異名まで名乗ったのに、低ランクのゴブリン達に無視をされ、固まっていた骨折りのラジーク。


「…………」

「おい、あれ見たか?」

「ぷぷぷ。ああ、見たぜ。アイツ骨折りのなんたらって言うやつ、あの低ランクの魔物を連れた奴らに、絡んだが無視されてやんの。ぷぷぷ」

「…………」


 呆然としていると、ラジークの周りからそう馬鹿にするような会話が聞こえてくる。

 その事に対して、怒りを我慢しながら微かに震えている。


「それにしても、あの白い服の女見たかよ?」

「あぁ、まじ天使だったな……黒い男は……まぁ、かっこよかったが、俺の方がカッコイイからな」

「お前……自分の顔を見た事がないんだな……」


 周りの会話も異名を名乗ったラジークに、興味が無く、ゴータの先を歩いていったコクセキとハクの話になっていた。


「…………許さねぇ」


 ラジークはガルバ帝国から、武道大会の話を聞き付け、態々この国まで遠征してきた冒険者。

 確かに、ガルバ帝国内の活動拠点周辺ではある程度有名なラジーク。

 そんなラジークの自信を馬鹿にされ、無視をした3人が行った方を物凄い顔で睨みつけていた。




「ハンス様、ただいま戻りました」

「おっ、コクセキお疲れ様。随分遅かったけど何かあったの?」


 闘技場の個室で、予選を暇そうに眺めていたハンスは、食べ物を買いに行った3人の帰りが思っていたより遅かったので、何かあったのか聞く。


「遅くなり申し訳ございません。ゴータが絡まれた以外には何もございませんでした」

「またからまれたのか……ゴータ、拠点に戻っていて良いんだぞ?」

「大丈夫っすよ?華麗に避けてきたっすから」


 そう聞いたハンスは、やっぱりゴータを買出しに頼んだのは間違いだったのかと、頭を悩ませながら、ゴータの手に持った食べ物を見た。


 先程まで、沢山手に持っていた食べ物は何処かに消えたようで、今は少ししか入っていない、コップを持つのみだった。

 その変わりにゴータの口の周りには色々な食べカスがついているのを見つけ、更に買出しに行かせた事を激しく後悔したハンスだった。

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