第百十六話 航海、ラストデイ
ルルカの訪問以降はこれといって特別なこともなく、夜に夕飯となった。ティリアは相変わらずの食べっぷりだったが、デヴァイン教徒たちは自粛モードでぼそぼそと食べていた。特にトロベルの憔悴は酷い。
「……大丈夫か?」
「あ、お構いなく……」
「あ゛ー、だる……」
この調子だ。
隣に座るレオッタもパスタをつつきながら目が虚ろになっていた。昨日あの後一体何があったというのか……。
気にはなるがいい大人だし、そこはいいだろう。しかし、子供のクロウはそうっもいかない。
「……」
食事=醜態を思い出しているのか暗くなっていた。楽しいはずの食事が一転、トラウマの発生場所となるなど誰が予想できたであろう。とりあえず俺が話かけることにした。
「昨日はよく寝れたか? クロウ」
「……ああ、お酒のおかげでね……」
やぶへびだった。
「まあ、気にするな。悪いのはレオッタだし、酒を飲んで性格が変わるヤツなんてのはいくらでもいる。ほら、リファなんかこんなに元気じゃないか」
するとリファが俺の方を向いて口を尖らせながら言った。
「そう言われると複雑だが……何故かお酒を飲んだら無性にお腹が空いてしまっただけだから記憶はある。ただ、抑えがきかなくなったから倒れただけだ」
それはダメなんじゃないか? 何故かドヤ顔で言うリファに呆れつつ、俺はティリアにも声をかける。
「お前は大丈夫なのか?」
手をピタリと止めて俺ににっこりとほほ笑みながらティリアは言う。
「……何のことですか? 昨日はお料理をおいしくいただいただけですよ?」
無かったことにしていた。すると、今日は食卓を共にしているレヴナントが笑いながら口を開いた。
「あははは、私も昨日いたかったなあ。私の奢りでいいからどう、一杯?」
「一杯くらいなら……」
くいっとコップを傾ける仕草をして、皆にウインクするが、俺以外は手を上げなかった。
「お酒を飲むとお料理の味が分からなくなりますからね」
「ちぇー。カケル君は飲むよね?」
「いただくよ。ちょっとつまみも作ってくるかな……シャルムさん、厨房を借りてもいいか?」
カバンを持って声をかけると『構わないよ』と、奥から聞こえてきたので中へと入った。
「とりあえずタコのから揚げは必須……それと……」
「お、なんだ。兄ちゃん料理できんのか? オクトパスの足か、そりゃ」
「ああ、こいつをから揚げにするんだ。あ、ついでに鶏肉とかもらえないか? 代金は払う」
俺が唐揚げ用の鍋を仕掛けていると、ツィンケルさんが覗きにきた。ついでに鶏から揚げも作ってみよう。
「ほら、こいつを使え。何をするのか分からんが面白そうだから代金はいらねぇよ」
「マジか? なら、是非できたてを食ってくれ!」
――そして
「これ美味しいよカケル君! タ……オクトパスの足をこうやって食べるなんて! この鶏肉も……美味しいよ」
「ビールに合うだろ?」
「こりゃいいね。この鍋、作ったのかい?」
「いや、鍛冶屋に作ってもらったんだ。揚げ物は深い鍋じゃないとな」
レヴナントとシャルムさんがビールを片手に大絶賛! ツィンケルさんは鍋をくれとかなりうるさい。こうなると、こちらに興味を示すのは……
「カ、カケルさん……そ、その鶏のからあげを私にくれませんか……?」
「うーん、これは俺達のビールのつまみだからなあ……飲むか?」
ゴクリ、と唾を飲む音がここまで聞こえてくる。じゅーじゅーと音を立てている鶏のから揚げはさながら黄金の塊に見えているのかもしれない。
「い、いけませんよお嬢様! 昨日のようなことになります!」
「……昨日のこととはなんですかリファ? 私にもびーるとから揚げを!」
「ほい、お疲れさん」
チン、とグラスを鳴らしてから揚げを一口。そしてビールをかきこむティリア。美少女がジョッキ片手にごくごく飲む姿はギャップがあって悪くない。
「ほわあ……」
「はい、から揚げ」
「むぐむぐ……ほわあ……!」
とろんとした目で頬に手を当てるティリア。どうやらご満悦のようだ。後は適度にきり上げれば昨日のようなことにはなるまい。
「お前は酒、飲めないから普通に食っていいぞ」
「……鶏か……僕は皮が苦手なんだよね……」
クロウにから揚げをやると、渋い顔をしていた。しかし、から揚げはそんなお子様でも食えるのだ。
「騙されたと思って食って見ろ」
「……ん……うまっ!? 何だこれ、皮がパリッとしてるのに中はふんわり……こ、これなら僕でも食べられる!」
「お、おお……食え食え」
がつがつと食べ始めたクロウを見てレオッタが少し微笑みながら喋りかけてきた。
「ま、リーダーは捨て子だったからロクなものを食べてなかったのよ。鶏も半焼けとか皮だけとか。デヴァイン教に拾われてからも食事は質素だから嬉しいわよ」
そして顔を曇らせてから呟く。
「……本当は今回の計画も、私たちだけでやるべきだったのよ。いくら魔力が高いと言っても子供だからさ。殺しをさせたのは……きっと私達も同罪ね」
「……それは考えなくていい。あの時の僕は『聖女様の役に立ちたい』という思いだけでやったんだから。その結果は受け止めるさ」
「そう。ありがと。少し変わったわねリーダー」
「そうかな?」
分からないな、と言いながらクロウがから揚げを欲してティリアに向かっていく。すると今度はトロベルが俺に話しかけてきた。
「いい傾向だと思います。カケルさんが何かしたのでは?」
「うーん……俺の昔話くらいはしたけど……」
「そうですか……となるとその話は彼の中で変わるきっかけがあったのではないかと推測されます。私達はデヴァイン教徒。もしかすると再び敵になるかもしれません。が、何かあった時は彼をお願いします」
「……そうならないよう、向かっているつもりだけどな」
「君は食べすぎだろ!? あ、そこの仮面女、僕の皿から奪うんじゃない!」
「ルルカ、私達も参戦するぞ!」
「オッケー♪ カケルさんの料理、残さずもらおうー!」
「わはははは! この光翼の魔王ウェスティリア様から奪ってみるがいい!」
「……人生楽しくやりたいもんな」
「ええ、だからこそ真実を聞かないといけないのでしょう。出来る限り協力をさせていただきます」
楽しそうに争奪戦を繰り広げるみんなを見ながらそう言い、トロベルは船酔いを起こして倒れた。
……カッコつけるため我慢してたのか……。
その後は娯楽施設でカードゲームに興じたり、デヴァイン教の内部の話を聞いたり、甲板で涼んだりと航海最後の日を楽しんだ。
酒を飲む量はそれぞれ慣れたらしく、意識を持ったままティリア達はきちんと部屋へ戻った。ルルカが抑止をしてくれたのもあるけど。
だが、楽しかった船旅も、いよいよ終了を告げた。
「見えて来たよ、あれが聖華の都アウグゼストだ」
「この距離であの高さか……でかいな」
「……カケルさん、ルルカ、そしてクロウさん。くれぐれも注意をお願いしますね」
「岸に接舷はできないから、ボートで行くよ。っとその前に……」
レヴナントがマントを被り、ごそごそとし出した。
「どうした?」
「いや、仮面姿は怪しいだろ? だから変装をね……これでいこう」
マントから顔を出したレヴナントは金髪ふわ毛の美人となって出てきた。
「それが素顔か?」
「まさか。私は大盗賊で指名手配される有名人だよ? おめおめと顔を出すわけがない。私の得意技だからね、変装。……まあ、手配書は仮面の顔ばかりだから逆に素顔を出してた方が見つからない気もするけどさ」
そんなことを言いつつ、縄梯子を使ってボートへと降りて行った。
さて、メリーヌ師匠探しに聖女。やることは山積みだが、ようやく進展することができそうだ。それとクロウにはいつか焼き鳥を食わせてみよう。
聖堂と呼ばれていた高い塔を見ながら、俺はそう思っていた。
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