第百十五話 航海、レヴナントのこと


 「……これでよし、と」


 俺はクロウをベッドへ寝かせ、部屋を後にする。


 ちなみにティリア、ルルカ、リファの三人も、ふとした瞬間に糸が切れたように崩れ落ち、寝息を立てはじめたのでそれぞれの部屋へと連れて行った。酒臭いので、色っぽいことなどまるでなかったと付け加えておこう。


 「まだ眠気がこないな。夜風にでも当たるか……」


 食堂は夫妻とレオッタ、トロベルがどんちゃん騒ぎをしているので戻るつもりはない。明日、トロベルがどうなっているか楽しみだ。大男は割と早く酔いつぶれたので、見かけ倒しとも言える。


 少しだけ揺れる船内を歩き、甲板へ続く階段を登り、俺は外に出た瞬間ふわっと風を感じた。



 「へえ……!」


 夜空を見上げると、星が広がっていた。それもちょっとどころじゃない、かなりの数だ。年甲斐もなく興奮してしまい、寝転がれそうな場所を探して甲板をウロウロしていると、船の先に人が立っていた。


 「あれは……」


 俺が声をかけようとしたが、近づいてみるとどうやら歌を歌っているようだ。



 『――あの時の約束、忘れないから。望むままにあなたは進んで欲しい。もしも、全てを忘れたとしても、いつか、出会えるその日まで――』


 何となく、俺が死ぬ間際に歌っていたアニメの歌に音程が似ている気もする……けど、アカペラだし、歌詞は違うから気のせいだろう。そう思っていると、歌っていた人影がこちらを振り返った。


 「ん? カケルかい? どうしたんだいこんなところに?」


 レヴナントだった。相変わらずのマスク顔だが、寒いのか赤いマントを翻しながら俺に言う。


 「酒を飲み過ぎて火照ってたから、涼もうと思って。歌、うまいじゃないか、大盗賊の思わぬ特技だな。邪魔したか?」


 するとマスクの向こうに見える目をパチパチさせて、困りながら笑う。


 「あはは、君は危ないね。その調子で何人の女の子を泣かせてきたのかな? ……歌はいいよね、色々なことを思い出さないように思いっきり歌ったり、逆に思い出を蘇らせることもできる。だから私は歌が好きなんだ。だから褒められると嬉しいよ? 邪魔なんてとんでもないさ」


 確かに分からなくもない。カラオケでスカっとすることもあれば、切ない感じの歌でしんみりすることもあるからだ。レヴナントはさらに喋りつづける。


 「食事はどうだった? ツィンケル夫妻の料理は異世界の君でも十分口に合ったと思う。わざわざアジトから呼び寄せたからね」


 両手を頭の後ろで組みながら俺のところまで歩いてくるレヴナント。丁度いい、俺は聞いておきたいことがあったのでここで聞いておくことにする。


 「食事は十分すぎるほどだった。食材も相当入れ込んでいるようだしな。……で、質問だ。俺達にここまでしてくれる理由はなんだ? メリーヌ師匠と俺を助けてくれた時から思っていたが、この船といい、決して安くないしリスクも高い。手助けしてくるのは、なぜだ?」


 「……嫌だなあ、ちゃんとお代は貰ってるじゃないか。料理も有料、船も運賃を要求した。だから損ってことはないよ?」


 確かに、船賃は10万セラ、料理はティリアのおかげで4万セラと中々手痛い出費だが、それでもわざわざ俺を見つけてメリーヌ師匠のことを知らせにくる理由が無い。


 「俺に何をさせたいんだ?」


 「特には」


 目を逸らすレヴナントわずかに瞳が揺れた気がする。


 「……まあ、助かってるからいいけど、俺の知りあいに害が及ぶようなら……」


 「それはない」


 俺の呟きに対してハッキリと否定の言葉を発する。


 「ごめんよ、今はまだ話せないんだ。ただ、君と私の行き先が同じ、これは間違いない。だから手助けをする」


 「有料でな」


 レヴナントはきょとんとした顔の後、大声で笑いながら俺の肩を叩きながら口を開く。


 「あはははは! そう、その通りだよ! 持ちつ持たれつだ!」


 「でもその内話してもらうからな?」


 「……そうだね。タイミングが合えば、きっと」


 目を伏せて頷くレヴナントが気を取り直して真面目な顔つきへと変わり、今後のことを話しだした。


 「取り急ぎ、到着したら私はメリーヌ女史の安否確認からだ。デヴァイン教にも行くつもりかい?」


 「ああ、クロウと一緒に封印について聞いてみたくてな」


 「(封印……そうか、そこまで……)ならどうする、メリーヌ女史は後回しに?」


 ん? 今何か……? 気になったが聞きそびれたので


 「いや、先に探したいな。アウグゼストにユニオンはあるのか?」


 「確かあったと思うよ。あそこは小さくは無いけど島だから、依頼とかはそう多くなかったはず」


 「ならユニオンでも見ていないか聞けそうだな。無事だといいけど。で、島か……」


 すると、レヴナントが地図を懐からだして広げてくれた。


 「ここ、この地図の中央の島。ここが聖堂がある聖華の都アウグゼストさ」


 「本当に真ん中だな。ここがエリアランドか?」


 南の大陸に『エリアランド』と書いていて、左は『ヴィント』と書かれていた。


 「だね、カケルが行こうとしていたフエーゴはここ……」


 右下の島を指差してレヴナントが言う。


 「何か……気になる形をしている世界地図だな」


 「そうかい? 私達は見慣れているから気にならないけど」


 レヴナントが地図を畳み、立ち上がる。


 「そろそろ寝ようか。まだ二日はかかるし、着いたらどういう状況になるかも分からないし、休んでおいた方がいいよ。明日からは私も食事を一緒させてもらおうかな?」


 いしし、と笑いながら階段へ向かう。


 「仲良くしておかないと、ね? しばらく一緒に行動するわけだし」


 「へいへい……あまり煽るんじゃないぞ?」


 「分かってるよ、後ろから刺されたくないしね。おやすみー。君も早く寝なよ?」


 「もう少し空でも眺めて寝るとするよ」


 手を振りながら、船長室へと消えて行った。


 「……聖華の都、ね」


 美味しい話には裏がある。そして華やかな町にも汚い場所はどうしても存在する。光と闇のように。どうもキナ臭いと思いつつ、俺は甲板に寝そべって目を閉じた。





 ◆ ◇ ◆





 「いつか辿り着くと思っていたけど、もうアウロラの封印と関わっていたとはね。それに彼の様子だと破られたことよりもデヴァイン教に対しての不信感、ってところかな」



 船長室のベッドへ腰掛けて一人呟くのはレヴナント――


 

 「それでいい……アウロラの手によってこの世界に来た者は意図しようとしまいとそこに辿り着く。そうなっている……カケル君ならあるいは……いや、終わりまで油断はできないね」


 ボフっと寝転がり目を瞑る。


 「(デヴァイン教……聖女、それに神託とやらに秘密があると思うんだけどね……任せたよ、カケル君……)」


 そのままレヴナントはマスクをつけたまま寝息を立てはじめた。

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