第百六話 アウロラの封印

 みゅいーん……みゅいーん……



 「音がでかくなってきた!? やばい気がする! クロウ、他の奴等もここから離れろ!」


 「くっ! 壊してしまえばいいじゃないか! ≪漆黒の刃≫!」


 クロウが慌てて魔法で石碑を攻撃した!


 バイン!


 「うわ!? 跳ね返ってきた!?」


 咄嗟に避けたので肩口を斬られるにとどまったが、迂闊に攻撃はできなくなったな。


 「≪ヒール≫だ、大丈夫か?」


 「あ、ありがとう……これが、封印……?」


 「間違いないだろう、明らかに胡散臭い。……うん?」


 ひとまず遠くに離れた瞬間、石碑から何かが飛び出し、それと同時に石碑の音が止んだ。


 「何だ? 光の玉……?」


 俺がごくりと唾を飲みこむと、光の玉が機械的な音声を発する。


 『封印の一つ、解けた。封印を解いたのはお前達、か?』


 「俺じゃないが、似たようなもんだ。それで、お前は何だ? アウロラの封印と聞いているがそうなのか?」


 『……その認識で良い。他の封印も、解く、つもりか? 対抗するための力は、あるのだろう、な?』


 光の玉が俺の元まで飛んできて尋ねてくる。対抗するための力……どういうことだ? 横でクロウが何か言いたげにしていたが、まず俺が聞くことにする。


 「それは俺の質問次第だ。俺は異世界からアウロラの手によってこの世界へ来た。アウロラは現存しているということだ。だとしたらこの封印は一体何だ? 対抗するための力とは何だ?」


 「カケルさん!」


 質問が終わると当時にティリア達が駆けこんでくる。バウムさんが黒ローブの中にいたエルフ耳の男を見て声をあげる。


 「フィアム!」


 「……兄さんか、エルフの集落から出てくるとは……」


 知り合い、というか兄弟だったのか!? いや、それよりもまずは封印のことを――


 ゴゴゴゴ……


 俺が再び光の玉へ話しかけようとしたその時、神殿が大きく揺れた。


 『始まった、か』


 「始まった? どういうことだ、お前は何を知っている?」


 『それは……』


 チャラチャッチャチャーチャラチャララ……♪


 「何ですかこの音は?」


 「カケルさんのポケットから聞こえてくるよ?」


 俺のズボン、後ろポケットから音が聞こえてくる。この音は……スマホの着信音……!


 「今までうんともすんとも言わなかったのに……」


 俺はスマホを取り出し、画面を見る。


 するとディスプレイには『非通知』の文字……俺は『応答』のボタンを押す。


 『繋がったわね。久しぶり、カケルさん』


 「その声……まさかアウロラか!?」


 異世界に飛ばされる前の女神の姿を思い起こし、若干懐かしむが、それどころじゃない。この揺れと、光の玉について確認できる絶好のチャンス!


 「おい! 何かお前の封印とやらを解いた連中がいる! で、ガラスの石碑から光の玉が出てきたぞ、それに神殿が酷く揺れている!」


 すると、アウロラはふう、とため息をついてから一つずつ質問に答えてくれた。


 『私が神託で封印を解くように信者へ伝えたからそうでしょうね。光の玉は私の力の一部……回収させてもらうわ』


 「あ!? き、消えたぞ!」


 リファが光の玉に近づこうとしたところで、目の前でふっと消え驚く。封印自体は間違っていなかったってことか……。


 『その揺れは……あ、ごめんなさい、魔力の波長が悪くなってきたわ。また連絡ができたらするわ。アウロラの封印は――』



 ツーツー……


 『通話終了』の文字と共にアウロラとの通話が切れてしまった。


 「くそ! 一体何だってんだ」


 「カケル、ここはひとまず出た方がいいだろう。崩れたら脱出は難しい」


 バウムさんに呼び掛けられハッと気づく。確かに封印を解くのが目的ならここに用は無い。


 「そうだな……出るとしよう。お前達は動けるか?」


 「あ、ああ、こいつは俺が運べば問題ないだろう。しかし何故……あ!? な、何だありゃ!?」


 大男が焦るような声を出しながらトロベルと呼んでいた男を背負う。神殿を出ようとしたその時、割れた石碑から今度はどす黒い影が飛び出した……!



 ◆ ◇ ◆



 

 『フフ……まずは一つ目の封印ね』



 アウロラが力を確かめるように手を握ったり開いたりを繰り返していると、横にいたノアが両手を頭の後ろに組みながらアウロラへと話しかけていた。


 『でも何だって今頃封印を解いてもらっているのさ? わたしは産まれてまだ50年くらいだからアウロラの世界のことは詳しくないんだよね。ねー、どうしてさ?』


 するとアウロラがノアにニタリと笑いながら、こう答えた。


 『ノアが気にすることではないわ。あそこは私の世界、私が私の力を取り戻すのは当然のことでしょう?』


 ゾクリ、と背筋が寒くなったような感覚に襲われながらもノアは食い下がる』


 『で、でも、ちょっと危ない感じがしたよ? 封印を解いたら他にも……』


 『フフ……かもしれないわね? だとしてもこれは試練よ。女神の与えられた試練を乗り越えた時、人間は更に進化できるでしょう。あなたも世界を任されるようになれば分かるわ。さ、まだ私は仕事があるからもう戻りなさい』


 『う、うん……』


 釈然としないものを感じながら、ノアはアウロラの部屋を出て行った。一人残ったアウロラが椅子に腰かけ、お茶を飲みながら、一人呟く。



 『……カケルさんに言ったように、私自身はあの世界に干渉はできない……でも人間を使えば封印を解くことはできる……そしてカケルさん、魔王と一緒に居たわね。魔王同士は引かれあう……フフ、手を打っておいて良かった。さあ、次の封印が解けるのが楽しみだわ! ほーっほっほ! おーっほっほっほ! ……ゲホゲホ!? お茶が気管に……!?』




 ◆ ◇ ◆



 「何だ……?」


 さっきからあの黒い影を見ていると冷や汗が止まらない。アレはマズイ。俺の勘がそう言っていた。すると、黒い影が徐々に形を成し、その姿を現した。



 【ふう……封印が解かれたようだな……】



 スタっと、蝙蝠のような羽を腰から生やし、随分と顔色の悪い男が地面に着地。呟いた後、俺達を見て口を開いた。


 【君達が封印を解いたのか?】


 「……そうだと言ったら?」


 【はっはっは! そうか! ならば礼をせねばならんと思ってな】


 顔色が悪い癖に妙に明るい口調で喋ってくるが、冷や汗は止まらない。手も震えている。見れば、バウムさん、ティリアの表情も固い。


 「礼はいらないぜ。それよりお前は何者なんだ? アウロラの関係者か?」


 俺がアウロラの名前を出すと、目を細めてにやけ面を止め、腕組みをして語り出す。


 【ふむ、そう言われればまるっきり無関係と言う訳でもない。が、それに答える意味もあるまい】


 「どうしてだ」


 【ここで私の血肉となるからだよ】


 「え?」


 ゴッ……!


 一撃。


 男が手を俺達に振っただけ。


 それだけで殆どが終わっていた。


 みんな声もなく、気が付けば俺を含めて全員が地面に倒れていた。意識を飛ばされているようで、身動き一つしていない。


 「……な、何をした……!?」


 【ふむ。封印を解くだけあって、頑丈のようだ】


 「封印……お前は……なんなんだ……!」


 【答える意味もないが、私の一撃に耐えたことを評して答えてやろう。私はグラオザム。破壊神エアモルベーゼが力の一つよ】


 「は、破壊神だと……!? アウロラの封印じゃなかったのか……?」


 【ふむ。どうやらその様子だと封印の意味を知らぬようだ。ああ! 憐れな子羊よ! 心静かに……死ね】


 グラオザムがオペラのような声を出しつつ、俺の頭に足を置いた瞬間、ゴキンという音ともに俺の意識はプツンと途絶えた。  

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