第六話 アドベンチャラーズ・ユニオン(カルモの町支店)での事

 


 「ここが仕事を貰える場所なのか?」


 「そうよ……って、知らないの? 冒険者じゃなくても知ってると思うんだけど……」


 「だから、この世界に来たのはついさっきだって言ったじゃないか」


 「……そう言う事にしておくわ。さ、立ち話もなんだし入りましょう」


 貴族の人は世間知らずが多いからね、とすでにアンリエッタの中では家出した貴族という扱いのようだ。むう、騒ぎにならないのはいいけど、驚かれないのもそれはそれで寂しい……。


 さて、それはともかくアンリエッタに案内された場所はアドベンチャラーズ・ユニオンという施設だった。中に入ると、ずらっとフードコートみたいな空間に、宝くじ売り場のアクリル板を取ったような受付が見える。人はまばらだが、酒を飲んでいるヤツも居れば、公民館とかでありそうな掲示板を見上げている人などがいる。


 アンリエッタはずかずかと奥へ入り、受け付けのような場所まで俺を引っ張ってきた。


 「すいません、冒険者志望を一人連れてきましたー!」


 アンリエッタが声をかけると、奥から金髪のお姉さんがパタパタと出迎えてくれた。


 「はいはい、登録ですね。私は受け付けのミルコットです! ってアンリエッタちゃんじゃない。冒険者になるの?」


 ミルコットと名乗った女性はアンリエッタを見て目をパチパチさせている。


 「違うの。ちょっと訳ありで、この男からリンゴ代を徴収しないといけないんだけど、お金が無いって言うから」


 「それはまた……泣き寝入りは良くないけど、お仕事の面倒だなんて相変わらずお人よしなんだから……危ない人に狙われちゃうわよ?」


 「大丈夫よ。私ももう16よ?」


 「え!?」


 今まで黙って聞いていたが、アンリエッタの言葉で俺はすっとんきょうな声をあげてしまう。目を細めてアンリエッタが俺を見上げてきた。


 「……何、今の『え!?』は」


 「言っていいのか?」


 「……聞きましょう」


 俺は深呼吸し、覚悟を決めてから、アンリエッタに告げた。


 「今、十六歳って言った? マジか? 俺が初見で見た時『十三歳~十四歳くらい』って認識してたんだが……確かに可愛い顔立ちをしていると思うんだが……そのちんちくりんなボディで十六歳はないわー」


 「ふん!」


 「タラコスパ!?」


 鳩尾に激しい痛みを感じ、俺は思わず片膝をついた。


 「何故……」


 「何故!? どうしてそのセリフが出てくるのよ! 私の方こそ『何故』よ! 人の事貶しておいて!」


 「正直な感想なんだが……」


 「そうだけど! そうだけども! ハッキリ言われると流石にムカツクのよ!」

 

 頭を抱えて地団太をしているアンリエッタを宥める俺。自覚はあるらしい。それを見て、ミルコットさんが一言。


 「仲がいいですね♪」


 「……あんたもベタな……まあいい、聞いてのとおり俺は仕事をしたい。こいつにお金を返さないといけないんだ。何か契約とかするのか?」


 「あら、アドベンチャラーズ・ユニオン……長いので通常ユニオンと言っていますが、ここに来るのは初めてですか?」


 とりあえずプリプリと怒るアンリエッタを置いて、俺はミルコットさんと話を続ける。


 「ああ、正直な話右も左も分からないんだ。俺は別世界からさっきここへ連れてこられてな。だからこの世界の常識には疎い。だから色々教えてくれると助か……」


 「(アンリエッタちゃん、大丈夫ですかこの人? どこかで頭でも打ったんじゃ……)」


 「(ずっとこの調子なの。適当に話を合わせておけばいいから)」


 「聞こえてるぞ!」


 バンと受付の机を叩いて声を荒げるが、二人ともどこ吹く風だ。くそ、舐められているのか……すると、ミルコットさんが笑いながら口を開いた。


 「あはは、まあ別世界はさておき……とりあえず仕事の前に、このユニオンの事からご説明しましょうか」


 「そうだな、頼むよ」

 


 ミルコットさんの説明によると、ここは冒険者になるための養成所や仕事の依頼、昼は食堂、夜は酒場という感じで多種多様な商売をしている施設だそうだ。国が管理しているらしく、どこの町にも必ずあって、冒険者登録をしているとカードで割引もあるらしい。冒険者専用という訳ではないそうだけど、依頼を受ける事ができるのは冒険者だけなので、割合はやはり一般人より冒険者が多くなるのだとか。説明ありがとう!



 「俺は仕事をしたい、となると、冒険者登録が必要って事だな」


 「ですね。デリカシーが無い割には頭の回転は早いですね」


 「うるさいな!? ……冒険者ね、ピンとこないけどなんというかこう、食堂の皿洗いみたいなのはないのか?」


 「そういったものもあります。ただ、長期的にお仕事をするとなると、冒険者でない町の人の仕事を奪ってしまう事になるので、短期的に紹介するだけになってしまいますね。もし町で一生を過ごすなら、直接求人している店へ行った方がいいですよ」


 なるほど、冒険者は渡り歩くから、腰を据えて長期の仕事は難しい。路銀が貯まったから途中でやっぱり辞めた! だと先方に迷惑もかかるしな。


 「そう言う訳で、あなたのように短絡的……失礼、急にお金が欲しい方はやはり冒険者登録をして、依頼をした方がいいと私は思います」


 何か引っかかるが、あえてスルーすることに決めた。


 「そっか。なら、あまり長引かせてもアンリエッタに悪いし、早速登録をお願いするよ」


 「分かりました! それではこの魔法紙に必要事項を記入してください」


 そっと出された紙は何だか筆記体のような文字が書かれている。いや、読めない……と思ったが、じっくり見ていると意味が分かるようになった。


 ピロン


 ん? 何か閃いたような音がした? 何だか分からないが、まずは記入を終わらせよう。


 「できたぞ!」


 「はい、確認しますね。カケル=ジュミョウさん、二十一歳……特技はヒールが使えるんですね! それではこの板に手を置いてください。カードの作成に入ります」


 「こうか?」


 「はい! えーと、レベル1で……え、なにこれ!?」


 え!? 何!? ミルコットさんの驚いた声で俺とアンリエッタがどっきりして飛び上がる。それくらいマジドッキリという感じの声だった。


 「どうしたの? 犯罪歴とかあった?」


 「なんて事言うの!?」


 ちんちくりんのお返しだろう、舌を出して笑うアンリエッタ。そしてミルコットさんは俺にカードを渡しながらまじまじと俺の顔を見ながら言った。


 「マナポイントが500もありました……」


 するとアンリエッタが「え!?」と、俺の顔を見る。何だ?


 「そういや最大MPが500だったけかな。あれマナポイントって読むんだ」


 「え、ええー……レベル1で500もあるのはかなり凄い事なんですよ? ちょっと修行した魔術師で100あればいい方なんですけど……一体何者なんですか?」


 「いや、さっきも言った通り、別世界の人間だけど……」


 MPしか話題に出ない所を見ると『ステータスパラメータ移動』と『回復魔王』は見えていないのか? アウロラめ、どういうつもりでこのスキルをつけたんだ?


 「……まあ、いいです。他は普通ですしね。『知』が低くて『速』が高いですね」


 「そういえば逃げ足早かったわね。でもやっぱりアホな感じ……」


 そういえばパラメータを戻してなかったか……くそ、こんなことなら『知』を上げておけばよかった……! アンリエッタがジト目で視線が痛い。俺は誤魔化す為、何かぶつぶつ言ってるミルコットさんに冷静に訪ねた。


 「これでいいのかな?」


 「あ、は、はい! これで依頼は受けられますけど、カケルさんは念の為養成所に通った方がいいですね。ジョブも付けられますし。別の町に行ってから……」


 「え? 養成所ってここには無いのか?」


 「……あります。ですが、この田舎町で冒険者になろうとする人はあまり多くないので形骸化してるんですよ」


 「ふーん、講師が居るなら一応やっておきたいけど……」


 「……分かりました。後悔しないでくださいね」


 「言い方!? それじゃ、今日はお金を少しでも稼ぐか……」


 「そうですね、え? アンリエッタちゃん、それは?」


 「カケルが受けるのはこれでお願い」


 なにやらごそごそとポケットを漁り、紙をミルコットさんに渡す。それを見て、ミルコットさんが驚いていた。どれどれと俺もその紙を覗き込むと……。


 『ネギッタ村:果樹園に出没する”フォレストボア”の討伐 報酬:3000セラ』


 セラ、というのはこの世界の通貨の単位のようだな。ボア、ということは猪か。


 「最近、夜中にフォレストボアが村に入ってくるみたいで、その時畑を荒らしたり、ウチのリンゴを食べるのよ。それを退治して欲しいわ。お金は村リンゴ代は手に入るし、お釣りも出るくらいよ」


 「用意がいいな?」


 「本当はこの為に町に来る予定だったのよ。そしたら、丁度カケルがリンゴを木からもぎ取っているのを見つけて、追いかけたらここに着いたって訳。回復魔法が使えるなら、時間をかければ倒せるはずよ!」


 そういう事か……しかし、俺でも分かるある点が気になったのでアンリエッタに聞いてみる。


 「ありがたいけど、腕の立つ冒険者に頼んだ方がいいんじゃないか? 俺はレベル1だし、倒せるか微妙な気がするんだけど」


 「カケルさん、魔物退治の依頼の相場は5000セラなんです。だから3000では恐らく……」


 見向きもされない、か。確かに脛に傷のある俺なら、やらざるを得ないと言われればその通りだ。ヒールをみて打算したのだろう。


 「……村長さんがそれ以上は無理だって。被害が大きいのはウチだから、どうしてもっていうなら自分たちで追加報酬を……」


 俯いてボソボソと喋るアンリエッタ。俺はため息をつくと、アンリエッタがビクッと体を揺らした。


 「ま、リンゴ代は払わないといけないしな。その依頼、受けるよ」


 「はい! では手続きをしますね!」


 「あ、ありがとう……」


 「とりあえず礼はボアを追い払った後に言ってくれ」


 俺が笑いかけると、アンリエッタはそっぽを向いて黙った。嫌われたものだ……!



 しかし、この依頼が後に結果あんな事になるとは……この時の俺は知る由も無かった。

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