クリスマス

 今日は、クリスマスだ。

 高校では今頃、受験を控えた三年生だけが冬期講座を受けている。

 元旦には模試もやるそうだ。

 なんで自分が通う高校は、そんなにもサディスティックなんだろう。


 真実は母親と一緒に台所に立っている。クリスマスだから、我が家の伝統のフルーツケーキを母親と一緒に作っているのだ。


「子どもの頃ね」


 母親が楽しそうに話し始める。


「いつも楽しみだったの。このケーキ作り。フフ」


 母親は何か、よい思い出を思い出したようだ。


「母とね、二人で作っていたの。家族の誰かの誕生日の時。母と私だけで。フフフ」


 母親は幸せそうだ。


「このケーキはね、昔は、あなたの曾おばあちゃんが嫁ぐ前はね、ご実家ではオーブンで焼いてたんですって。でも嫁いできた鎌倉の家にはオーブンが無かったから、フライパンで作れるように、曾おばあちゃんが工夫して、レシピを作ったんですって」


 へー。そうなのか。あれ?


「え? でも、戦前にオーブンがあるような家って、かなり金持ちなんじゃないの? 曾おばあちゃんって料理してたの?」


 母親が、何を言ってるの? という顔をしている。


「だからさ、料理とかって、人を雇ってやってもらってたんじゃないの?」


 母親の顔が、だから? という顔に変わっている。


「だから。……あー。曾おばあちゃんって、そんなケーキのレシピ作り直せるくらい、料理できたのかなあ? って思ったんだけど」


 この前の盆で祖母が、曾祖母は家の事も不器用だった、と言っていた。

 母親が、あー、そういうこと、という顔をする。


「そうねえ。そうかもしれないわねえ? でももう確認しようがないし、真実はどうしてそういうこと、気にするの?」


 おう?


「え? 母さんは、気にならないの?」

「気にならないわよ? 自分の母親にそう教わったんだから、それでいいわよ。それに、その方がとっても素敵じゃない」


 フフフ、と母親は幸せそうに微笑む。

 そうか。これが彼女の世界か。

 真実は今更ながらに納得する。そして、自分はついていけない世界だ、ということも理解する。


「そんなことより、このケーキのレシピよ! しっかり覚えてね、真実ちゃん」


 おう……。

 引いている真実には目もくれず、母親は張り切ってケーキ作りを指南する。

 ケーキの材料とレシピは、意外にもシンプルなものだった。果物を切って、焼いて、その上に生地を流し込んで焼いて、裏返して終わり。時間もそんなにかからない。


 そういうことか。真実は思い至る。これなら、戦後のけして裕福では無かったであろう暮らしの中でも、作れるケーキだっただろう。常温保管もできるし。クリームを使うケーキは贅沢だ。


 やっぱり、このケーキは鎌倉の家の、『伝統のフルーツケーキ』だ。家族の暮らしの中で焼き続けられてきた、大切なケーキだ。


「子どもの頃、このケーキ作るの、どう楽しかったの?」


 母親に訊いてみる。


「どうって? どうって……。母親と二人でケーキ作りよ? それだけで充分楽しいじゃない? ホント、真実ちゃんは変なこと気にするわよね」


 母親にシミジミと言われる。まあ、そういうことなのだろう。楽しい乙女チックなイベント、ということだろう。特に母親にとっては、そういう趣味を分かち合える機会が少なかった子ども時代には、とても貴重なイベントだったのだろう。


「そっか。そうなんだ」


 真実は焼き立てのケーキに手を伸ばす。

 母親は、その様子を不思議そうに見ている。


「そうよ。そういうものよ。……何してるの? 真実ちゃん?」


 真実は、焼き立てのケーキの一角を素手で崩し、その一部を口に運び


「うん。美味しい」

「何してるの!」


 母親が心底驚いている。


「何してるのよ!」


 驚きは悲嘆に変わる。

 もー。これくらい、いいじゃないか。


「だって美味しそうなんだもん」


 真実がふざけて笑う。


「ちょっと真実!」


 お。久々に「ちゃん」が取れた。よし、逃げるべ。


「ちょっと出かけてくる!」


 真実はコートを取って、玄関に向かう。


「真実! どこ行くのよ! 真実!」


 怒る母親を家に残し、真実は家を出る。

 どこに行くかなんて決めてない。

 足に任せて、走っていく。

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