第28話 死神と悪魔

旧警察署の最上階の署長室では、ロマネンコフ大佐達と漆黒が激しい攻防を繰り広げていた。

「GWOOOOOOH!!」

漆黒の鋭い爪が一閃した。

「ぐううおっ!!」

肉を抉られ鮮血が迸り、ロマネンコフ大佐の表情が苦悶に歪んだ。

「大佐!!畜生、化け物め!!」

部下の兵士達が機銃掃射を浴びせるが、漆黒の鋼鉄の如き表皮には掠り傷も負わせる事が出来ない。

「ふははははっ!無駄だ無駄だ。漆黒に貴様等の攻撃は通用しない。諦めて命乞いをするなら助けてやっても良いのだぞ。」

哄笑するスコルビンスキー大佐を睨み据えると、ロマネンコフ大佐が吐き棄てる様に言った。

「敵に命乞いする様な奴は俺の部下にはいない。例え此処で果てる事になろうとも、貴様の様な屑の軍門には下らぬ。」

「おのれ!!言わせておけば図に乗りおって!!漆黒、奴等を殲滅しろ!」

頬を紅潮させて激昂したスコルビンスキー大佐はリストバンド型のリモコンを操作する。

「!!・・・G・・GGGWOOOOOOOH!」

脳組織に埋め込まれた制御用バイオ・エレクトロニクスシステムがリモコンからの指令電波を受信して攻撃衝動を高める様に神経電流を発生させ漆黒を周囲に存在する全ての物の破壊に駆り立てる。

「離れろ!スコルビンスキーを狙え!!」

ロマネンコフ大佐が鋭く発した命令に従い、部下の兵士が銃口をスコルビンスキー大佐に向けた刹那、兵士の身体を荒れ狂う暴風雨の様な漆黒の攻撃が襲った。

「!」

断末魔の悲鳴を挙げる事さえ出来ずに兵士の身体は細切れの肉塊となった。

スコルビンスキー大佐が慌ててデスクのスイッチを操作すると、高出力の防護フィールドが署長の執務スペースを瞬時に包み込んだ。

仲間を眼前で惨殺された兵士が漆黒の猛攻を横に跳んで避けながらスコルビンスキー大佐の身体を照準に捉えた。

「ジェフリーの仇だ!死ね糞野郎!!」

銃弾が防護フィールドに到達した瞬間、蒸発して空間に消えた。

「無駄な事だ。この防護フィールドに拠り、貴様等の攻撃は無力化される。漆黒!そいつの息の根を止めろ。」

「アルフレッド軍曹!!」

ロマネンコフ大佐の叫びも虚しく、床に伏した軍曹の身体を漆黒の爪が貫いた。

「ぐおおおっ!!」

空中高く掲げられた軍曹を漆黒が涎を垂れ流しながら舌舐め擦りして眺めた。

「止めろ!化け物め!!部下を放せ!!」

ロマネンコフ大佐が漆黒の背後に突進して斬撃を加える。

巨大な尾を一振りしてロマネンコフ大佐を壁まで弾き飛ばすと、漆黒はその凶悪な牙で軍曹の肉体を喰らい始めた。

未だ意識の残る軍曹は自身の肉が裂かれ骨が砕かれる様を見て恐怖した。

「大佐!!」

「待っていろ!!今、楽にしてやる!」

ロマネンコフ大佐が壁に激突した時に強打した肩を庇いながら、漆黒の死角を突いて軍曹の下に接近するとコンバット・ナイフを振り翳した。

「先に地獄で待っていろ。」

武骨な刃が軍曹の頸部に突き立てられ脳幹を抉る様に捉えると、軍曹は絶命した。

「愁嘆場は終わったのか?・・・安心しろ。すぐに貴様も可愛い部下達の許に送って遣る。」

「スコルビンスキー!!」

憤怒に燃えた表情でロマネンコフ大佐が吼えた。

「吠えろ吠えろ負け犬め。漆黒、引導を渡して遣れ。」

「GROOOOOOOWH!!」

完全に極限の興奮状態に陥り戦闘衝動に駆り立てられている漆黒は、

轟然と咆哮すると強大な膂力でロマネンコフ大佐に襲い掛かって来た。

「化け物め!部下の仇は討たせて貰うぞ。」

漆黒の猛攻を掻い潜り、ロマネンコフ大佐は起死回生の一計を講じた。

漆黒の足下に小型爆雷を仕掛けて誘導する。

「来い!俺を喰らいたいのだろう?こっちだ!」

「待て!戻れ漆黒!ええい、命令を聴かんか!」

漆黒は制御不能状態に陥り、ロマネンコフ大佐に襲い掛かる。

「掛かったな!」

漆黒が小型爆雷を踏み付けると同時に、ロマネンコフ大佐が起爆スイッチを押して爆発を起こした。

バランスを崩して漆黒がその巨躯を防護フィールドに突っ込む。

「GRRROOOOOOOOH!」

漆黒の強靭な身体組織が防護フィールドに因って損傷する。

焼け焦げた肉の異臭が鼻腔を突く。

スコルビンスキー大佐が慌てて防護フィールドを解除すると、漆黒は崩れる様に倒れ伏した。

ロマネンコフ大佐は狼狽するスコルビンスキー大佐を睥睨するとゆっくりと歩み寄る。

「ま、待て。どうだ、取引をしないか?私なら、貴様が統合軍に復職出来る様に取り計らう事も可能だ。PKTの汚名を晴らす証言もして遣ろう。」

「・・・あの時、貴様は俺達の部隊を売り渡した。その汚い二枚舌でな。貴様には地獄すら生温い。舌を切り裂き、生きながら生皮を剥いで吊るして遣る!」

ロマネンコフ大佐はスコルビンスキー大佐の襟首を掴んでコンバット・ナイフを振り翳した。

「!」

ナイフが突き立てられようとした刹那、ロマネンコフ大佐の瞳孔が見開かれ、スコルビンスキー大佐の表情が焦燥と恐怖から愉悦のそれに変わった。

ロマネンコフ大佐の口から真紅の鮮血が滴り落ちた。

「・・不覚。凄まじい生命力だ。」

「GRRRRRRH・・・」

漆黒が上体を起こして、鋭く尖った巨大な尾の先端でロマネンコフ大佐の胸部を背後から貫いていた。

「ふっ・・ふははははははっ!無様だな。ロマネンコフ。貴様の最期に相応しい惨めな死に様だ。」

痙攣するロマネンコフ大佐の身体を膝で蹴り上げると、顎の下に手を入れ自分の方を向かせて唾を吐きかけた。

「ス・・コルビン・・スキー・・。」

絞り出すような声で敵の名を呼び睨み据える。

「漆黒は貴様の所為で回復措置が必要だ。統合軍の誇るマクロバイオウェポンに対してこれ程のダメージを与えるとはな。悪足掻きにしても流石は鮮血の死神と言った所か。」

「貴様が・・・間抜けな・だけ・・だ。貴様・・・等に・・・賞賛される覚えは・・無い。」

スコルビンスキー大佐はロマネンコフ大佐を睨み据えると、憐れむ様に嘲笑した。

「何を言おうが、貴様はこの私に敗北したのだ。貴様の様な直情型の軍人の時代は終焉を迎えたのだよ。・・当の昔にな。知性無き獣は、より優れた存在に滅ぼされる運命なのだ。」

「反吐が・・出る。・・早く・・・止めを・・刺せ。」

「貴様は楽には殺さん。漆黒の餌食として絶望の裡に死んで逝け。」

「GGROOOO・・・」

「どうした、漆黒。・・・予想以上のダメージを受けたか。仕方あるまい。管制室、私は撤退する。・・何故応答しない?現況を報告しろ。」

「おっと・・・了解。現況を報告致します。各エリア部隊は敵戦力の攻撃を受け、戦闘に因る損害重大。これ以上の戦闘は困難です。迅速な総員撤退を要求致します。」

「何だと!・・・そうか。ロマネンコフ、貴様の鍛え上げた連中は見事に我々の作戦を妨害する事に成功した様だな。・・総員、至急撤収せよ。」

「了解。」

通信を切断すると、エリックは各エリアに展開している統合軍特殊作戦部隊に音声合成して撤退命令を送信した。

「各部隊に告ぐ。こちらはスコルビンスキーだ。敵戦力の攻勢に因り作戦続行が困難な状況になった。全部隊即時撤退せよ。」

「了解。即時撤退を開始。統合軍軍事科学研究所に帰還する。」

「・・・これで良し。リーダー、応答してくれ。」

「・・・エリックか。敵部隊の強力な抵抗に遭って手間取ったが、無事管制室の制圧に成功した。全体の戦況を報告しろ。」

「現時点迄にモロゾフ少尉の指揮する掃討班は敵部隊のNBC兵器実験の殆どを頓挫させる事に成功している。突入班の方はリーダー達が管制室を制圧した事は把握したけれど、署長室に向かった筈のロマネンコフ大佐達と連絡が取れなくなってる。大佐の事だから大丈夫だとは思うけど、一応確認に向かってくれ。」

「判った。直ぐに確認に向かう。他に何か無いか?」

「敵部隊が何処に帰還するか判った。統合軍軍事科学研究所だ。」

「・・・そうか。今回は深追いしない方が良いだろう。戦闘で我々も相応の損害を被っている。・・・だが、必ず連中を壊滅に追い込む事が我々の最終目標だ。体勢を立て直して敵の中枢部を叩く。決戦の時は間も無くだ。」

「ああ。連中に俺達の家族やアウター・タウンの住民を非道な軍事実験で蹂躙させない為に、結束して立ち向かおう。」

「そうだな。通信を切断する。何か異常が発生したら連絡しろ。」

「了解。」

通信を終了すると、ラインハルトは部隊を指揮して階上の署長室へ向かう事を決めた。敵部隊員の遺骸の上を、表情を変える事も無く歩を進めて行く。復讐の暗き焔がラインハルトを衝き動かしていた。

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