119話.剣聖

「やっぱりこの人強い…… でも……!!」


 当初の予定通りに剣聖と魔導王を隔離させて、剣聖の相手を担当したアキナ。

無事に隔離までは成功したのだが、その後は激しい剣戟けんげきを凌ぐだけで精一杯であった。

このままではいずれ押し切られてしまうと判断したアキナは、反撃を試みる。

剣聖が放った右片手一本突きを体を左に捻ることで回避し、そのままその回転を使った右手の剣による左薙ぎへと繋げる。

突きを回避された直後の崩れた体勢への斬撃、本来であれば回避などは絶対に不可能なタイミングである。

しかしアキナの左薙ぎは何の手ごたえもないまま、空を斬るのであった。


「え!?? 避けられた……?」


 剣聖はその場には居らず、少し離れた場所にて構えもせずに立っていた。

あのタイミングの斬撃が回避された上に、あそこまでの距離を一瞬で移動している。

そのことが理解できずにアキナは混乱をする。


「あれを回避されちゃうなら、どうやって攻撃すればいいんだろ……」


 アキナは攻め方を決めかねていた、必中だと思われた斬撃が回避されたのだから仕方がないことでもある。

じっくりと考える時間が欲しいアキナであったが、剣聖はそんな時間を与えてくれない。

 アキナに向けて突撃を開始した剣聖は、アキナの間合いより少し遠い位置で姿が歪む。

そして、そのままアキナの左側に回りこみつつ袈裟切りを放ってきた。

アキナはその斬撃を左手の剣で後方に受け流しつつ、返す刀で右手の剣で斬りつけるつもりであった。

しかし左手の剣で受け流した瞬間、後方に激しい悪寒を感じ取ったアキナは本能的に大きくジャンプして距離をとった。

そして、目の前の光景に呆気に足られるあっけにとられるのであった。


「え……? 剣聖が二人いる……??」


 アキナに袈裟切りを放った剣聖以外に、先ほどまでアキナが居た場所に対して右片手一本突きを放っている剣聖が確かに存在している、そんな光景がアキナの視界に入っていた。

理解できない事態の連続に、アキナの思考は逆に冷静さを取り戻しつつあった。

色々と複雑に考えていたものが、よりシンプルな思考へと。

 アキナの間合いより少し遠い位置で姿が歪んだ際に感じた違和感、あのタイミングで分身していたとすれば…… 

剣聖は剣の腕前は世界一しかし魔術の才能は一切ない、これが一般的に知られている情報であったが、実際は使える…… 

いや、分身や心身強化系のもののみ使える……

 アキナの思考がそこまで巡ったとき、今までの疑問や理解できないほどの剣聖の超反応などが全て腑に落ち始めた。

そして、二人いた剣聖は気づけば一人に戻っており、アキナの間合いの倍くらいの距離の位置で構えるのだった。


「なんか色々わかってきたわね。

 何人まで分身できるのかはわからないけど、数人にはなれると思っておく必要はありそうね。

 わたしの最大の武器、クロムにも認めてもらっているこのスピードで翻弄させてもらうわ」


 迷いや戸惑いの晴れたアキナはそのまま一直線に剣聖に向けて走り出した。

そして、剣聖の剣の間合いより少し離れた距離を保ちつつ、剣聖を囲むように上下左右に高速で移動を始めた。

この光景を見ているものがいたら、50人近いアキナが全方位から剣聖を囲んでいるように見えたであろう。

剣聖は一歩も動くことなく構えたまま、静かに目を閉じる。

そして、全てのアキナが一斉に剣聖に襲い掛かる。


 一瞬の出来事であった。

剣聖が構えていたその場所には、左腕を突き出したアキナが佇んでいた。

左手の剣による渾身の突きが剣聖の眉間を貫いたのだ。


「はぁはぁはぁ……」


「……お嬢さん、見事だ」


「意識があったの!?」


「ありがとうな、開放してくれて――」


 それだけ言うと剣聖は口から吐血し、そのまま背後に倒れた。

他人に翻弄されて、死ぬことでやっと解放されて、そのことを感謝する剣聖。

アキナは言葉で表現できない感情を抱えることとなった。


「はぁ……、クロムは大丈夫かな」


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