97話.想いの違い

 全身を真っ赤に染めた男が何かを担いだ状態で立っている、斬撃音を響かせることのなくなった土煙の中からそんな姿が少しづつ浮かび上がっていく。

絶望に染まったアキナはもちろん、バロンの守護騎士たちもこの異様な状況を理解できずに先ほどまでとは打って変わって、ただただ静寂な時が流れるのであった。


 そして、その姿を覆い隠していた土煙が消え去り始めた頃、この静寂はその男の声にて破かれるのだった。


「さすがに強いね、まさかここまで苦戦するとは思わなかったよ」


「……ぅ、よく言いますよ。

 あなたの圧勝ですよ、これは……」


「死ななきゃ負けではない、これが最近の俺の格言なんだよね。

 だから、俺的にはまだドローだよ」


 アキナは聞こえてきた声を信じれずにいた。

自分の耳がおかしくなったのだと、幻聴をきているのだと。


 顔を見上げることでアキナの視界にその男の姿が入る。

ただそれだけのことで先ほどまで一切信じれなかった自分が聞いた声が幻聴ではなく、本人の声なのだと素直に信じることができた。


「く、クロムなのよね?

 大丈夫…… なの??」


「心配かけてすまない、さすがに苦戦はしたけど見ての通り元気だよ。

 って……

 全身真っ赤で元気はおかしいか」


 いつものクロムの何かをはぐらかすそんな言い方を聞いたアキナは、自分の目の前にいる存在がクロム本人であることを強く感じることができて心底安心することができたのだった。

そしてアキナはそのままクロムの元まで駆け寄りたかったのだが、極度の緊張状態にあった体は素直にいうことをきかずその場に再び倒れこむのだった。


「あはは、とりあえずしばらくはそのまま休んでてよ」


「う、うん」


 クロムとアキナが先ほどまでの戦闘が嘘であったかのような甘い空気を醸し出し始めた頃、バロンがクロムに問いかけるのであった。


「あなた…… いえ、クロム殿。

 先ほどの攻防……


 私の斬撃が全て防がれたのは理解してますが、なぜ自分がこれほどまでにボロボロになっているのかが理解できないのです。

 …… 教えてはもらえぬだろうか」


「いいよ、まぁ言葉にすれば単純なことになってしまうけどね。

 バロンさんの斬撃を回避しつつ、その斬撃の流れに逆らわないように空気の斬撃エアーカッターをカウンターで入れる。

 それをバロンさんの斬撃全てに対して繰り返した。


 そして、そんな状況に焦れたじれたバロンさんが大振りな一撃を放ってきたところに合わせるようにバロンさんの真下から巨大な氷の杭アイスランスを出現させたってところかな」


 ようするには、バロンの斬撃を回避しつつカウンターで軽く斬りつける。

それを繰り返すことで焦れた相手のスキに大技を食らわせる。

そのために焦らし続けたのだから、その攻撃は必中となり、決め手となる、のであった。


「ことなさげに、サラっといいますね。

 あの速度は人族の反応速度を超えてたはずなんですけどね」


「空間を操ればそんなもんはある程度なんとでもなる、それは同じく空間術の使い手であるバロンさんにもわかるでしょ」


「そうではありますけど……

 しかし空間を操るもの同士の戦闘がこんなに一方的になるなんて理解できません!!!!」


「そんなこと言われてもな……

 あぁ、でも戦いながら一つだけ俺とバロンさんで決定的に違うところがあるっていうのは感じたよ」


「!!!!!!!

 それはどんな……!?」


「バロンさんってさ、絶対に”勝つため”に戦ってるよね?

 暗殺をメインとしてればある意味当然なのかもしれないけどね。


 でもさ、勝つためにでやってるとどうしても焦れる時があるし、前のめりになりすぎる時もある、そしてそれは致命的なスキになるよね」


「それはその通りですが……

 では!

 クロム殿は何のために戦っているのですか!!!???」


「ん~、改めて言葉にすると少し恥ずかしいんだけど……

 俺は絶対に”負けないため”に戦っている。


 今の俺には守りたい人がいる、俺を頼ってくれている人がいる、そんな人たちの想いに応えたい俺がいる。

 そして最愛の人の隣に立ち続けたい」


「……」


「そんな想いを全部果たすためには、俺は負けちゃいけないんだよ。

 そして死んではいけない、だから負けられない。

 だから……

 絶対に”負けないため”に戦う、かな」


「言いたいことはなんとなくですがわかります。

 しかし……

 ”勝つため”と”負けないため”に差が生まれるとは思えません!!!」


「ちょっと偉そうに言わせてもらえば……

 ”負けないため”の境地にたどり着いた者にしかわからない感覚ですよ、たぶんね」


クロムはそういうと最愛の人であるアキナを腕の中に抱きしめつつ、大きな声で笑うのであった。

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