5.今求められる「頭を使う出版」

 ここまではずっと“なろう系”や、それに関連することを述べてきました。それと関連するにはするのですが、少し違う話をしていきましょう。


 先日、イチロー選手が引退を表明しました。恐らくその事実とイチロー選手の名前を知らないという人は、ほぼいないでしょう。それくらい知名度が高く、レジェンドと言って良い選手です。


 そのイチロー選手が、引退会見で以下のようなコメントをしていました。


「2001年に僕がアメリカに来てから、この2019年の現在の野球は全く別の違う野球になりました。まぁ、頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような……。選手も現場にいる人たちはみんな感じていることだと思うんですけど、これがどうやって変化していくのか。次の5年、10年。しばらくはこの流れは止まらないと思うんですけど。本来は野球というのは……ダメだ、これ言うとなんか問題になりそうだな。問題になりそうだな。頭を使わなきゃできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているのがどうも気持ち悪くて。ベースボール、野球の発祥はアメリカですから。その野球がそうなってきているということに危機感を持っている人って結構いると思うんですよね。だから、日本の野球がアメリカの野球に追従する必要なんてまったくなくて、やっぱり日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしいなと思います。アメリカのこの流れは止まらないので、せめて日本の野球は決して変わってはいけないこと、大切にしなくてはいけないものを大切にしてほしいなと思います」(Full-Count,2019)


 このフレーズに関しては様々な推測が飛び交っています。その真意に関しては恐らくイチロー自身に聞かなければ分からないことだと思うのですが、自分は所謂フライボール革命や、極端な守備シフトの事なのではないだろうかと考えています。


 これに関しては野球が分からないと伝わりにくいのかなと思うで、やや補足を入れておきますと、フライボール革命というのは、一定の角度や速度の打球は安打になりやすい、というデータをもとに、打者はその角度と速度の打球を打とうとし、投手はそれを防ごうとするという一連の動きを示すことが多いのですが、こういった流れが「頭を使わない野球」と言われているのではないかと思うのです。


 実際、このフライボール革命は、ただ単純にフライを打ち上げればいいという形に曲解されて、そのまましぼんでしまった(現在の主流ではないらしい)という動きがあるのですが、それは数字に対する理解が無かったからではないでしょうか。


 今、出版業界は「確実に売れるもの」を探しています。そして、その「確実に売れるもの」は「数字として明確に人気の見える小説家になろうで人気の“なろう系”小説」だった。その発想は決して間違いではありません。現に既にネットで人気を博している作品がヒット作になるというのは、小説に限らずあることでしょう。


 しかし、出版業界は本当に数字だけを追っかけていて良いのでしょうか?数字には色々な意味があります。小説家になろうでの人気は黎明期、確かに出版すれば売れる安パイであったのかもしれません。しかし、“なろう系”というテンプレートが完成した今、その数字が示すのは「“なろう系”というテンプレートが好きな人にどれだけ受けているのか」という事であり、それ以外の人たちに届くかどうかではありません。


 飯田(2016)は、幼少期に消費したものは一生引きずって生きていくと述べています。十年前や数十年前に流行ったもののリメイクが行われるのはこれが一つの要因だろう。だから、今の技術からするとともすればお粗末なクオリティのゲームを詰め込んだ、過去のゲーム機のリメイク商品があれだけ売れるのです。ライトノベルを始めとする小説を「つまらないもの」として見限った世代には、数十年後もやっぱり届かないままになってしまうのではないでしょうか。


 先日自著(下記にURLを載せておきます)で触れた「LINEノベル」の事実上の編集長である三木一馬が書いた『面白ければなんでもあり 発行部数類型8000万部―とある編集の仕事目録』にはこんなことが書かれています。面白いのでそのまま抜粋してみましょう。『とある魔術の禁書目録』でも有名な鎌池和馬に関する話です。


 物語は、主人公がとある『街』に電車から降り立つシーンからスタートします。電車のドアが開く描写を「プシュー、とコーラの炭酸が抜けたような音がしてドアが開いた」と表現されていたのが印象的でした。夏が舞台だったので、そういう炭酸飲料の比喩もその世界の雰囲気とマッチしていると感じたのです。降り立った街は『想像したことが本当になってしまう』という法則をもった奇妙な場所。その法則を知った主人公は、その『街』で出会い、いがみ合っていた女子高生ヒロインの『ありえない姿』をつい想像してしまいます。

 突如、バン!と扉が開き……。

 そこにはメイド服を着たヒロインが怒りに震えながら顔を真っ赤にして立っていました。

 僕はこの一連のシーンを読んだ瞬間「うん!いいね!」と感じました。(中略)

 コーラの炭酸の抜けた音と、メイド服を着たヒロイン。

 そこから鎌池さんは電撃文庫の作家として歩み始めることになりました。

 あの二つの「いいね!」がなければ、ありえないことでした。(三木一馬:2015)


 とまあこんな感じで。今読み返すと多分これ、自分が読んでも気になる人フォルダにぶち込むなぁと思う訳なのですが、この出会いと作家としての歩み出しに「数字」は一切かかわってきません。鎌池和馬は(恐らく)この時点では全くの無名です。そして電撃文庫の大賞でもあまり芳しい評価を得られていない。

]

 それでも三木は声をかけた。結果がどうなったのかはもう、現在が語っています。大ヒットを飛ばしました。そこにあったのは作品に対しての三木の「いいね!」でした。その感性が、本当は大事なのではないでしょうか? そして、その感性を使って作品を出版していく事、作家を見出していく事こそが、「頭を使うこと」なのではないでしょうか?


 確かに出版業界は斜陽です。しかし、だからといって頭を使わず、感性を使わず、数字だけを追いかけることが、将来の繁栄を生むのでしょうか。自分にはとてもそうは思えないのです。


 カクヨムにおいて、収益化がなされるという発表がありました。その中では書籍化するかどうかという「0か1ではない形の模索」について述べられていました。本が売れなくなっている今、もう一度「良い作品を作る作家がどうやったら生まれるのか」「彼ら彼女らはどうやったら食べて行けるのか」「その為にはどうしたらいいのか」。そんな事について、考える時が来ているのではないか。そんな気がしてならないのです。


【自著】

・LINEノベルとカクヨムの収益化システムから見る、「売り方」の未来(URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054889265049

 

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます