第77話 孫カップルを見習って

デイモンの部屋の前でエマが怒っていた。

デイモンが自力でブラッシングしているのはいいが、自室にこもって出てこないのだ。

「もう!ダモったら出てきてください!!」


「エマちゃん!そんなに怒っちゃダメ!」

「そうだぜ、優しくな!」

ジジとマリーに窘められ、エマがトーンダウンする。

「ダモ?」


「・・・・・エンマ。」

ドアの向こうからデイモンが返事をするが元気がない。

「ダモ?どうしましたか?」

「エンマ!僕の部屋に入っちゃだめです。」

エマの眉間にシワが寄る。

「・・・どうしてですか?」

「僕は毛だらけなのです!・・・エンマが汚れてしまいますから・・・。」

「引きこもって顔を見せない方が心配なんだぜ。」

「そうよ、顔くらいみせて。」

「・・・・・・・・・・」

「もう!いますぐ出てこないなら嫌いになりますから!」

ガチャ!

すぐに開いた。


「うわあ・・・・。」

「さすがフェンリルなんだぜ・・・・」

ジジとマリーが言葉を失うのも無理はない。

部屋の中央には山になった抜け毛、そしてデイモンの抜け毛が部屋中を舞っているのだ。


ダモフェンリルはギュッと目を閉じて下を向いている。

「エンマが手伝ってあげる!」

ダモフェンリルが「えっ?」と顔をあげると笑顔のエマがいた。

デイモンに伏せをさせ、フギンとムニンに教えられた通り背中を撫でるエマ。

デイモンが気持ちよさげに溶けてゆく。


フギンとムニンの教えとは・・・・

「まずはタッチとマッサージでリラックスさせてから、ゆっくりとブラッシングを始めるのだ。」

「いきなり強くしてはダメだぞ。そっと優しくな。」

「それに、最初は抵抗されなさそうな肩や背中から始めると良いぞ。」

「ゆっくりと下に下がっていって、デイモンが溶けて気づかないうちに尻尾だ。」

「うむ。尻尾は気づかれたら終わりだからな。尻尾は最後、気づかれないようにそっとな。」

有益な教えである。

デイモンの毛皮でエマの手がカッサカサにならないよう、手袋をつけている。

これもフギンとムニンの教えの通りだ。


なでなで。なでなで。なでなで。

なでなで。なでなで。なでなで。


――――― そろそろ良いでしょうか。

ちらりとジジとマリーを見ると、二匹がOKと頷く。

そっとブラシを手に取り、ブラシをあてる。まずは表面だけを、そっと・・・優しく・・・。

デイモンは大人しくブラッシングされている。

ほっと安心して段々と尻尾へ向かう。

あらかじめ自力でブラッシングしていた甲斐があり、特に暴れることなくエマのブラッシングが進む。


ブラッシ!ブラッシ!ブラッシ!

ブラッシ!ブラッシ!ブラッシ!


「エマちゃん、続きは明日にしたらどうかしら。」

「そうだぜ、換毛期は一日じゃ終わらないからな!」

「・・・そうですね、ダモ?」


・・・・・むっくり。

気持ちよさそうに溶けていたデイモンが起き上がる。

「ありがとうございます。・・・ああエンマが毛だらけに・・ちょっと待ってくださいね。」

ケモ耳と尻尾付きの人型に変化し、コロコロクリーナーをエマの上で転がす。

デイモンに世話を焼かれ、エマも満更でもない顔だ。


そんな二人の様子を宮殿の精霊パレスが水鏡でダイアナとカールに見せていた。

「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

ダイアナとカールが、気まずそうに顔を見合わせる。

「喧嘩したままだと、デイモンとエマちゃんが悲しむでしょうねえ。」

とパレスが言えば

二人がビクリと反応する。

「オロオロして困りきって泣くんじゃないか。」

と庭園の精霊ジンニーが追い打ちをかける。


「・・・ダイちゃん・・・ワシ・・・・。」

「ブラッシング・・・する?」

こくん。

カールフェンリルが頷く。


お座りするカールフェンリルをダイアナがブラッシングする。まずは抵抗されにくい背中からだ。

段々下に・・下に・・・カールに気づかれないよう、そっと尻尾へ移動しようとしていたダイアナだった。


しかし、カールもまたダイアナに気づかれないよう、ゆっくりと時間をかけて1㎜ずつ尻を持ち上げて尻尾を尻の下に隠し、1㎜ずつ尻を降ろし、「何もしていませんよ!」という顔をしていた。


ダイアナが気づいた時、すでに尻尾は尻の下に格納されていた。


尻尾がない。

これではブラッシングできない。


「・・・・・カール?尻尾は?」

ダイアナの声が氷点下だ。

「・・・・・・・・・。」

無言でダラダラと汗を流すカールフェンリル。


カールとダイアナの第2ラウンドが始まった。

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