第11話 メイと才蔵
「おはよう、エマちゃん。よく寝たねー。さ、起きましょうね。」
今日の当番はメイだ。
女官たちにはローテーションで夜勤がある。夜間に特別な業務があるわけではないが、何かあったときのために女官の詰め所に控えているだけで特別手当もつくので嫌がる者もいない。エマが目覚めてからは、エマのお風呂や朝の支度が夜勤の主な仕事になった。それも2か月に1度の割合なので負担ではない。エマに身支度をさせ、手をつないで食堂に連れてゆくまでが仕事だ。
食堂でデイモンにエマを引き渡した後は詰め所に戻り、ゆっくりとお茶を飲みながら引き継ぎ書を書き上げて早番の女官たちの出勤を待つのだ。
夜勤後は3連休をもらえるので、むしろ当番を楽しみにしている女官も多い。
「ぉぁよぅ。」
あまり寝起きの良くないエマだが、女官たちに促されながら身支度しているうちに目が覚めてくる。今日もメイが仕上げに髪を結ってくれるころには起きている。
「今日はツインテールにしましょうか?」
「うん、ありがとうメイちゃん。」
「・・・さ、可愛くできたわ。どう?」
「えへへ、ありがとうメイちゃん。」
メイと手をつないで食堂に行くとデイモンが待っていた。
「おはようエンマ。ありがとうメイ。」
「おはようございますデイモン君。」
メイは柴犬族の出身だ。穏やかで心優しい性質で子供好きなメイは子守向きだ。というかメイに限らず魔界ランドの住人は皆、子供好きだ。魔界ランドの住人も天界の住人も、永遠の寿命を持つため滅多に子供が生まれない。子供は珍重・・・いや、とても大事にされるのだ。
「おはようエマちゃん」
「おはよう、唄子ちゃん。」
唄子さんが美味しそうな湯気の立つ鍋を運んできた。
すっかり目の覚めたエマはお腹が空いて、朝ご飯準備オーライだ。
「今日は鹹豆漿(シェントウジャン)だよ。」
「しぇじぇ・・?」
「干しエビやネギが入っている、おぼろ豆腐のような食感の豆乳スープだよ。今日は焼いた油揚げとザーサイとフライドピーナッツも入れてあるよ。さ、固めるからね。」
エンマの前には小ぶりな丼ぶりが置いてあり、油揚げとザーサイとフライドピーナツが入っている。そこに、程よい熱さの豆乳を流しいれ、黒酢を回しかけるとぷるんぷるんに固まった。
「すごい!お豆腐みたい!!」
「ふふふ、豆乳は美容にも良いからね。さ、これは 蛋餅(タンビン)だよ。クレープのような薄い生地で卵を巻いてあるからね。食べる時はこの特製タレをつけてね。ラー油入りで少し辛いよ。冷めないうちに召し上がれ。」
暖かくてあっさりで、お腹にやさしい鹹豆漿(シェントウジャン)の朝ごはんはエマのお気に入りになった。
「唄子ちゃん、しぇんしぇんじゃん美味しいです!また作ってください!」
エマの羽と唄子さんの熊耳が嬉しそうにピコピコ動いた。
王宮を守るシノビの一員である才蔵は狼獣人だ。
ニホンオオカミ族の才蔵は柴犬族のメイと幼馴染でもある。少年のころから修行のために故郷を離れ、全寮制男子校のような環境で成長した才蔵は王宮でメイと再開でし、恋に落ちた。
全寮制男子校育ちの才蔵は、片思いをこじらせた。毎日会いたいし、会っておしゃべりしたいし、休日にはデートしたい。
こじらせ過ぎて、メイと会うとどんなことを喋ったら良いのかさっぱり分からない。
分からないのでググった。
「じょ」と入力すると予測変換で「女子 会話」「女子 会話 話題」「女子 会話 緊張」が自動的に表示されるほどググった。
残念ながら役に立つ情報はなかったため未だに片思いだ。
次に才蔵が頼ったのはSNSのTalketterだ。オシャスタグラムはレベルが高すぎて早々に諦めた。無理は禁物である。
才蔵はTalketterのトレンドを毎日チェックした。話題のアニメや人気タレントの情報や社会的なニュースをチェックし、話題をストックした。
才蔵がいつものようにTalketterアプリを起動すると、「壁ドン」がトレンド入りしていた。
女性がきゅんとするシチュエーションだと・・・!?
・・・・・・やるしかないと思った。
いつものように窓辺でデイモンに送り出され、いつものように一日を過ごしたエマ。今日の午後の自由時間は探検だ。王宮は広く、まだ行ったことのない場所がたくさんあるのだ。
今日は武官たちのエリアに近い場所をのぞいてみることにした。入ってはいけないと言い含められている場所を避けながら散策しているとメイがいた。
大きな人がメイを壁に追い詰めていた。
助けようと大きな人とメイの間に割って入り才蔵に体当たりした。
ドンッ!
「メイちゃんを虐めちゃだめです!」
ぼよん!
エマが弾かれた。
才蔵の鍛えられた体幹はエマの体当たりではビクともしなかった・・・。
跳ね返されたエマが才蔵を見上げた。
「ああん?」
大きな人がエマを見下ろしながら唸った。顔が影になっていて怖い。
ぴぃ・・・。
「ぴい?なんだ鳥か?」
大きな人がキョロキョロと周りを見渡す。
「ぅえぇぇぇぇん!!」
鳥ではなくエマの泣き声だった。
「おい!」
大きな人がエマに向かって手を伸ばすのが見えた。
「ぴぎゃああああああ!」
ギャン泣きだ。
メイがしゃがみ込んでハンカチでエマの涙をぬぐってくれる。
「エマちゃん、この人は狼獣人で私の幼馴染の才蔵さんよ。顔は怖いけど怖くないのよ。」
「びゃあああああああああ!」
・・・・・・泣き止まない。
宥めるように抱き上げられ、しゃくりあげながらメイにしがみつく。
すすり泣くエマを抱いて帰るメイ。
取り残された才蔵。
王宮のファミリーエリアに戻ると、メイに抱かれて泣いているエマにデイモンが慌てた。
「エ、エンマ!エンマ!いったい何が!」
「落ち着きなさい、モンたん。」
「えっと・・・、才蔵さんと話していたところにエマちゃんが来て・・・才蔵さんの顔が怖かったようで、才蔵さんがエマちゃんを振り返ったとたんに泣き出して・・・。」
「ああ・・・才蔵・・・・子供好きなのに・・・・。」
泣きじゃくるエマを受け取りながら、残念な表情でカールとデイモンがつぶやいた。
魔界ランドも天界も寿命で死ぬことがないため、滅多に子供が生まれない。そのため子供は珍しく、とても珍重されている。人間界のパンダのような存在だ。
「エマちゃん、才蔵は身体能力に優れたシノビでな、王宮で務めてもらっているのだよ。メイ、エマちゃんはモンたんに任せておけばよい。メイには才蔵を任せたい。良いね?」
「才蔵さんを?」
意味が分からない様子でメイが首を傾げる。
「才蔵は脳筋だが、顔が原因で初対面の子供に泣かれては傷つくはずだ。」
「あ、はい。そうですね。行ってまいります。」
才蔵の怖い顔に慣れすぎていて気づかなかった。
元居た場所に戻ると、才蔵は別れた時のままの場所に立っていた。尻尾はだらりと下がり地面に垂れている。耳はぺったんこだ。そのままの姿勢で俯く才蔵を見てメイの胸が痛んだ。
「才蔵さん!」
「な、なんだメイ。おめえ、勤めはいいのか。」
「さっきはごめんなさい、驚いたでしょう。」
「べべべ、べつにいいって!」
強がる才蔵の尻尾は地面についたままだ。
「エマちゃんは才蔵さんのことを嫌っているわけじゃないのよ?才蔵さんが大きくて驚いただけだから。」
才蔵の尻尾がぶん!と上を向いた。
「べ、別に俺は気にしていねえぜ!それよりメイ。おめえ虐められているのか?困ったことがあるなら俺が筋肉で解決してやるぜ!言いにくいこともあるかもしれねえが俺に話してみねえか。な?」
「えっと、何のことかしら?」
「さっき、あのチビが言ってただろう。おめえ、誰かに虐められているんじゃねえのか?」
才蔵が心配そうにメイの顔を覗き込む。
「あら違うわ。エマちゃんは私が才蔵さんに虐められていると思い込んでいたのよ。」
がーーん!という効果音を背負った才蔵の顔に思わず吹き出す。
才蔵のしっぽが再び下を向く。
「め、め、め、めいも俺が怖いと思うか?」
「くす。私は怖いなんて思ったことないわ。里にいたころから頼りにしてきたもの。」
「そ、そうか!」
垂れ下がった才蔵の耳と尻尾がピンと立った。
この出来事をきっかけに二人は付き合い始めた。
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