第76話 子どもさらい
かつてイザーブには子どもさらいが
孤児たちをさらう影。あいつは、レイナたちをさらっていったい何をしようとしていたのか。
ナツにその子どもさらいについて聞いてみたが、彼女も分からないようだった。
「子どもさらいなんて聞いたことが無いなぁ。たぶん私たちの小さい時だったと思うし、サラダ村みたいな田舎に噂は届かないと思うよ」
「だよなぁ」
「でも私もそこに秘密があると思う。子どもさらいに捕まって、その後にレイナちゃんの身に何が起こったのかは、やっぱり知るべきだと思うな」
「何が起こったのか……か」
ずっとイザーブに暮らしていたパトレシアかリタなら、ひょっとしたら子どもさらいについて知っているかもしれない。
ただ、それが正しい道なのか、少し疑問が残る。俺は果たしてこのまま記憶のピースを集め続けて良いのだろうか。
「なぁ、ナツ」
「なに?」
「たとえ、それがレイナにとって知られたくない記憶でも、俺は知った方が良いと思うか」
「迷っているの?」
「少しな。ここまでしてレイナが隠そうとする記憶だ。無理やり記憶を覗くなんて、あまり気は進まない」
少し嫌な予感がしていた。秘密を暴くことで俺はレイナを傷つけることは、なるべく避けたいことだった。
「私は知った方が思う。だって……」
ナツは俺の方へ身体を傾けて、
「だってアンクが知らなきゃ、レイナさんはずっと嘘をつき続けなきゃいけない。ずっと一緒にいる相手に、隠し事をし続けなければいけないんだよ。秘密はだめってことじゃないけれど、弱いところを共有できなければ、レイナさんは一生辛いままだよ」
「だから、無理やりにでも見ても構わない……と」
「うん、構わないよ。その後のことはその後考えれば良い。その秘密が
……そんなものか。
俺にも隠し事はある。女神との契約に関しては、ほとんど誰にも言えていない。知る必要がないことだからだ。
『せめてあなたが幸福であることを願っている』
レイナの言葉を思い出す。
願うような彼女の瞳を思い出す。覚悟を決めたような強い視線だった。
対して、今の俺はレイナの真実を暴くことにすら迷っている。
こんな調子ではレイナを見つけられない。ナツの言う通りだ。
「それもそうだな。色んなことがあり過ぎて、少し疲れていたみたいだ」
これも魔力が足りないせいだろうか。まだ少しだるいことは確かだった。精神的にも疲労がきていたみたいだ。
「アンク」
ナツは、手を伸ばして俺の頬に触れてきた。彼女がたたえていた笑みは今まで見たどんな笑顔よりも穏やかで、いつもより大人びているように思えた。
「大丈夫、レイナさんはきっと見つかるよ」
風で揺れるカーテンの影が揺れて、ナツの顔に光を刺した。水面を揺らす波のようで、穏やかなさざめきが聞こえた気がした。
「ありがとう、ナツ」
「どういたしまして。アンクが元気になって良かったよ。今の私はそれが1番嬉しい」
ぴょんとベッドから立ち上がったナツは、「じゃあ私はこれで」と明るい笑顔で行った。
「もう行くのか?」
「うん、仕事ほっぽり出して来ちゃったし、病気も嘘だって分かったからね。またお見舞いに来るから、寂しくしていてね」
「いろいろと助かった」
「レイナちゃんを見つけるの私も手伝うよ。何か分かったら連絡してね」
ニコニコと手を振って、ナツは病室から出て行った。あのナース服はどこで着替えるんだろうという問題は置いておいて、ナツが言っていたことは正しかった。
ベッドに寝転んで、無機質な天井を見る。
「知られたくない記憶か……」
カルカットへの道中でレイナは『忘れてほしい』と言っていた。あれはまさに彼女の過去のことを言っていた。
次の鍵は子どもさらいが握っているに違いない。生きているにせよ、死んでいるにせよ、それに関する何かを俺は探さなければいけない。
あのあと、いったい何が起こったのか。
それがレイナ
「今は……とりあえず寝るしかないか……。やっぱり疲れが
「レイナ……どこに行ったんだろ」
この疑問も何度口にしたのか分からない。
せめて彼女が無事でいることを願う。万が一ということもある。早く彼女に会いたい。
天井の影を見ていると、まるでゆりかごのように揺られているようだった。それを見ながら、彼女のことについて考えていると、俺はあっという間に眠りにつくことが出来た。
……この時の俺は、まだ看病3銃士の1人を倒したに過ぎないことに気がついていなかった。
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