第63話 大英雄、尋問する



 電気杖スタンガンを喰らって、激しく咳き込むガムズは、信じられないという顔で俺の顔を見た。


「な……ぜ、俺の魔法が効かない……」


 敵の魔力が完全に敵意を失ったのを確認して、俺は自分の鼓膜こまくにかけた魔法を解いた。


「聴覚器官を封じてしまえば、音の攻撃なんてどうということはない」


「……くそが」


「まさかこの場所で魔法を使うとは思わなかった。おまえ、周りの仲間はどうなっても良かったのか?」


 倒れている黒い仮面の男たちの固定魔法を外す。

 あいつらも守ってやらなければ、巻き添えを喰らっていた。下手すれば、死んでいたレベルの攻撃だ。


 もちろん、ガムズにもそのことは分かっていたはずだ。


「……わざわざ敵まで守るとは、さすが大英雄はやることがいけすかねぇ」


「そこまでして、どうして俺を狙う?」


「知らねぇ」


「……良いぜ、あとでたっぷり聴いてやる」


 持っていたロープをガムズの手首にかける。口に猿ぐつわを結んで、攻撃方法を封じる。辛そうに呻くガムズを置いて、洞窟の方に目を向ける。


「さて……随分ときな臭い場所だな。嫌な予感しかしない」


 ここから視認できるだけでも、岩肌におびただしい量の血がついているのが分かる。儀式だか何か知らないが、どうも穏やかな感じではなさそうだ。


 あとできちんと調べる必要がある。

 自治警察に引き渡して、尋問するのが手っ取り早いか。


 後ろを振り返ると、レイナが黙々と倒れていた残党をロープで縛りあげていた。


「レイナ、無事か?」


「はい、私はこの通り大丈夫です」


 使った拳をレイナはぷらぷらと動かしてみせた。あんなに激しい攻撃にも関わらず、彼女の手はれているどころか、赤くなっている様子も無かった。

 

「本当に……心配はなさそうだな」


「はい、万全ではありませんが。人間程度でしたら、問題ありません。魔物と違って人のみぞおちはとても柔らかいですから」


 レイナはそう言ってにっこりと微笑んだ。

 倒れた敵に目をやると、レイナにみぞおちを打たれた敵は白目を向いてぶくぶくと泡を吹いていた。

 

「こいつ大丈夫……だよな?」


 少し心配になって、男の表情をのぞきこもうとした時だった。


「アンクさま、あぶない!!」


 レイナの声で異変に気がつく。背後で強い魔力が立ち上っている。


 倒れていた男の1人。地の魔法の使い手、ゴーレムを使役していた巨体の男が目を覚ましていた。

 苦痛で顔をゆがめているが、意識がある。かなり強い電撃を浴びせたはずだが、分厚い肉壁のせいでダメージが通りきっていなかった。


索敵サーチ!」


 敵の攻撃を封じるために、魔法を展開する。

 問題ない。敵の魔法は5大魔法の中でも動きの遅い『地』だ。ここまで攻撃が届くまでに、動きを止めるのは十分過ぎる時間がある。


「火の魔法……」


 しかし俺の予想に反して、敵が放ったのは燃え盛る炎だった。


祓魔祭火ヴァーナラ!」


 男の腕から燃え盛る火炎が放たれる。

 辺りの草木を焼き尽くして、まっすぐに俺に向かってくる。


「な……!」


 予想外の攻撃に対処する術はなかった。

 2属性を使う魔法使いは珍しくはない。魔導石のバックアップさえあれば、本来の魔法とは違う魔法も使うことが出来る。


 しかし、これは違う。

 範囲が広すぎる。発動の際のタイムラグもない。この魔法は間違いなく、敵の魔力炉を通して発言されたものだ。この男は生来の2重属性持ちだ。


「っっ……!!」


 避ける間も無く火炎が迫ってくる。衝撃に身構える。さすがに、これは無事ではいられない。

 

 炎を受け切って反撃に転じる。

 そう覚悟した俺を囲うように、一陣の風が吹いた。


「……風の魔法、香運の舞ガンダヴァハ!」


 突如として現れた風が俺の身体を包むようにして舞い上がった。

 

 竜巻。

 複雑に絡み合う気流が、燃え上がる炎をかき消していく。発動までの速度と強度から見ると、かなりの使い手だ。


 こんな使い手は1人しか知らない。森の中から長い黒髪をなびかせた女が、素早い動作で降り立った。


「自治警察だ! 大人しくしろ!」


「リタか、助かった!」


 余計なダメージを受けずに済んだ。

 リタに扇動せんどうされて、何人かの武装した男たちが走り出てくる。俺の周りを吹いていた風の魔法を止めて、彼女は驚いて叫んだ。


「アンク……!? なんでアンクがこんなところにいるんだ!?」


「……気をつけろよ、あいつは地と火の魔法を使う。お前が言った通り、邪神教だ」


「邪神教……やっぱり……!」


 俺の言葉を聞いた自治警察たちは、一層緊張感を増し、剣を持つ手に力を込めた。後方に控えた彼らを止めるように、リタが手を伸ばした。


「待て! 不用意に近づくな! お前らの出る幕じゃない!」


 指揮官である彼女は冷静に状況を分析していた。

 リタの横から飛んできたレイナが、風よりも速く敵に向かっていた。


「……身体拡張エキスパンション


 視認できないほど速い拳だった。

 勇んでいた自治警察たちも「ドカッバキッ」という拳で骨を叩く嫌な音を聞くと、顔をしかめた。


「大丈夫です。気絶させておきました」


 巨体の男を踏んづけて、レイナが俺たちに言った。顔をボコボコにされた男は、鼻血を出して完全に気絶していた。


「アンクさまを危険にさらしたので、一発余分に入れておきました」


「相変わらず、さすがだねぇ……」


 腕を組んで、リタが感嘆かんたんの声をあげる。

 体格差をもろともせず、巨体の男を沈めたレイナは、拳についた返り血を几帳面にいていた。


  

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