第177話 世界の目覚め
光の刺さない巨大な大広間の中で、彼女の目覚めを待つ。この場所に来るのも久しぶりだ。今になって見ると、随分と寂しい場所にも思えてくる。
何秒、何分、何年、何百年。
そんな時間の感覚が意味を持つことはなかった。気がついた時には彼女は当たり前のように俺の前に立っていた。
「サティ……」
この世界の本来の持ち主。サティ・プルシャマナが姿を
俺の心臓に向かって人差し指を突き出すと、サティは小さな声で言った。
「やあやあ、わざわざ殺されに来るとは
「……せっかく解放してやったんだ、感謝くらいして欲しいもんだな」
「ふふ、そうだね。良く頑張った。さすがの私も今回ばかりは取り返しの付かないことになる所だった」
くるりと身を
「君たちからすれば、私はさながら
「気の迷いだよ。それより頼みがあるんだが」
「自分を殺さないでくれってことだろ。それは無理だよ」
サティは残念そうな顔で、首を横に振った。
「君の身体には『異端の王』が吸着している。染み付いて私でも取ることが出来ない。君を下界になんて戻したら、再び大災厄が襲う。気がついただろ、『異端の王』は個人ではなく現象なんだと。君は私がここで消滅させる」
「交渉の余地は無しか……」
「あと、ここで暮らすのも無理だよ。他の神々に怒られためちゃくちゃ怒られるし、布団も1つしかない」
「しねぇよ」
「私に反撃するのも無しだ。この場で私に敵うものは全宇宙を探したっていない」
「……そうか」
「残念ながらね。世界を救った功労者をこんな形でしか報いることが出来ないのは、私も心が痛いところだけれど」
脚を組み直したサティは残念そうに「うーん」と言ったあとで、言葉を続けた。
「1つ面白い話を聞かせてあげようか」
「なんだ?」
「転生者について。つまり救世主として、その世界に派遣する人間のことだ。君には言っていなかったけれど。私たちにはその転生者がどんな魂を持っているか、見抜くことが出来るんだ」
「へぇ……」
「アンク、君の魂は面白かった。どんな
俺を見てサティは嬉しそうに目を細めた。
「『異端の王』の厄介な所はね、実体を持っていなかったことにあるんだ。いざそれが姿を現すまで、ほとんど手の内ようがない。限定的ではあるけれど、他者に
「ウィルス……か。じゃあ、今の俺は病原菌を撒き散らす感染源と言ったところだろうな」
「良く分かっているじゃないか。そして君は今、私にそれを差し出してきてくれた。確保不可能と思っていた『異端の王』の完全討伐まで導いてくれた」
「なんだよ。全部、織り込み済みだったって言いたいのか。俺がレイナを
「まさか。もしそうだったのなら、こんな危ない橋は渡らない。私はビビりだからね。私が言いたいのはそう言うことじゃないよ」
玉座に肘をついて、頬づえをついた。
「良くやってくれた。褒めて
「…………おぉ……そうか」
「そんなキョトンとするなって。私だって鬼じゃない。君は間違いなく魔王を倒した大英雄なんだ。どうだい何か願いことの1つでも言ってみなよ。大概のことは叶えてあげよう」
「じゃあ、家に帰してくれ……」
「それは無理だ」
「なんなんだよ。これから死ぬ人間に頼みごとって色々とおかしいだろ」
「死ぬ前に望みの1つでも叶うなら上等だと私は思うけれど。ほら、『死ぬ前にあれやっておけば良かったぁ』とかさ、良く言うだろ」
「それはあくまで妄想だろ」
「妄想で良いんだよ。望みを言ってごらん」
サティはニヤリと俺の身体を眺めながら言った。
「少しだけなら多めに見てあげる。死ぬ前に乳に
「ねぇよ」
「残念」
「残念じゃねぇよ。もう十分挟まれた」
「
願い……か。
そう言われて、思い浮かんだのは彼女の顔だった。最後の最後で絞り出したレイナの言葉が真っ先に浮かんだ。
『約束……ですよ』
あぁ、そうだ。
家に帰るとレイナに言ってしまった。思わずその思いに応えてしまった。応えずにはいられなかった。俺自身も思わず願ってしまった。
帰りたい、と。
「……じゃあ…………」
願いを口にする。
頭に浮かんだ願いを口にする。
俺の言葉を聞くと、サティは目を丸くした。
「本気かい?」
「……これしか思い浮かばなかった」
「まー、出来ないことはないけれど」
「やってくれ。俺の願いはもうこれしかないんだ」
「1秒でも長く彼女といること、だろ。まったくブレないね。愛の為に人は死ぬことが出来る……か」
「いつだって死ねるさ」
「……私にとっては
サティは肩をすくめると、さっきと同じように俺の心臓に狙いを定めた。今度は本気で照準を絞っている。彼女の指は白い魔力で光り輝いていた。
辺りをまばゆい光で照らしながら、サティは言葉を続けた。
「その道がどうなっているか、私には分からない。魂とは、その人間の道程そのものだ。それを
「問題ない。俺は俺であり続ける……世界を救った大英雄だからな、そう簡単には消えたりはしない」
「大した自信だ。嫌いじゃない」
サティはにっこりと笑った。
「せめて、アンク、君が幸福であることを願っているよ」
「おう、お前も元気でやれよ」
「……
目にした閃光は太陽のように、混じり気の無い強い光だった。サティが放った鉾は俺の心臓を貫いていた。
痛みはない。彼女のなりの
胸にぽっかりと開いた穴を見届けると、残っていた意識もあっという間に波のようにさらわれていってしまった。
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