第87話 ルガン孤児院
巨大な成虫を倒し、広場を歩いていくと、徐々に
「誰かが手入れしているみたいだね……」
「人がいるのかな」
目をこらしながら前を歩くナツが、ゴクリと唾を飲み込んだ。
瘴気の中で不気味にたたずむ建物を見て、ナツが不安そうにつぶやいた。
「なんか嫌な感じの建物だね」
「ルガン孤児院って言って、もうとっくの昔に消滅したと思ったんだけれど、建物は残っていたんだ」
パトレシアが驚いたように息を漏らした。
実際に見てみると、大きさはそこまでない。ガムズら残党が在籍していたと記録にあった孤児院は、せいぜい20人かそこらしか入れないような施設だった。
「ハズレじゃないと良いんだけどな」
ここに記憶のピースがあるというのも、俺の推測でしかない。もしここに無かった場合、一から探す必要がある。
三角屋根の周りはほとんど瘴気がなくなっていた。まるで結界か何かに守られているかのように、ルガン孤児院の周りは穏やかな風景が流れていた。
レンガで囲われた花壇もきちんと手入れがされている。色のとりどりの花々が静かに咲き誇っている。
自然に咲いたとは思えない。人工的に手入れをされた花壇だ。
「やっぱり誰かがいるみたいだね」
「
「そうしよう」
サティは頷いて、ためらいなく木の扉に手をかけた。
ギギギギと扉を開けると、天井の高い聖堂が現れた。ろうそくの明かりで照らされていて、ステンドグラスからはうっすらと光が差し込んでいる。
コツンと足音を鳴らすと、聖堂中に反響そた。エコーして響く4人分の足音は、この聖堂の空虚感を一層感じさせた。
灰色の長椅子は綺麗に整列されていて、丁寧に磨かれていた。燭台に向かって2列に並んだ椅子には汚れの1つすら見られなかった。
天井を見上げて、ナツが感心して目を丸くした。
「ずいぶん、広い聖堂だね。孤児院なのにこんなものがあるだなんて」
「音楽もやっていたのかしら。ほら、ピアノがある」
「聖堂系の孤児院だったのかな」
「……やっぱり」
ただ1人、顔をしかめていたのはサティだった。聖堂のいたるところに目をやると、不快感を丸出しにした苦々しい顔で吐き捨てた。
「ただの聖堂じゃないな。私をバカにしやがって」
「どういうこと?」
「見ろよ。そもそもこの聖堂には女神像がないし、ステンドグラスに描かれている絵も、神の敗北をテーマにした宗教画だ。他にもいろいろチグハグなところがある。ここは女神を讃える目的というより、堕とす目的で作られた聖堂だ」
「確かに……」
「建物の上には鐘すらなかった。おそらくこれは別の教義の上に建てられた聖堂だ。監視の目をごまかすためにずる賢く作ってはいるが、本業は見逃さないよ」
サティは聖堂の内装などを見ながら、呆れたように言った。
「俺には分からないが、となるとビンゴか」
「そう、どうやら大当たりだ。詳細は……恐らく後ろの彼が知っているんじゃないか」
「なに!?」
サティに言われて後ろを振り向くと、そこにはボウガンを構えた大柄の男がいた。
男は黒々とした髭面の口元を歪ませて、ボウガンのトリガーに手をかけた。
「良く気がついたな。お前ら何者だ?」
サティはその問いに不敵に笑って返した。
「お前こそ何者だよ。魔改造もいい加減にしろよ。やっていいことと悪いことがある」
「……こんなところまで何しに来た?」
「質問は私がする。黙って武器を降ろせよ。異端者」
「…………死ね」
男は何の迷いもなく、トリガーを引いた。サティの額へ向けて、一直線に矢が跳んだ。
「
軌道の周辺の動きを止めて、放たれた矢を叩き落す。視線をあげると、そこにはすでに男の姿は無かった。
「どこに行った!?」
「分からない、消えた!」
「消えた!?」
パトリシアとナツは驚いた様子で頷いた。男の気配は忽然と消えている。おかしい、死角は無かったはずだ。足音すらしなかった。
「異端能力か……!」
音もなく消える異端者。
相手にするにはかなり厄介な部類だ。
……どこから攻撃が飛んでくるのが分からない。
孤児院跡にいた襲撃者はどうやら俺たちを無事で返す気はないらしく、開け放した扉がギギギと音を立てて固く閉ざされた。
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