第82話 リタ、しばらく街を離れる


 ナース服から元の洋服に着替えたリタは、俺の隣に座りながらおかしそうに笑った。 


「嘘。へー、嘘だったんだ。その『ナース服姿の女の子と看病ごっこをしながら密着していないと死んじゃう病気』って」


「白々しいセリフを言うな。もともと知っていただろうが……」


 1日で3人を相手にした俺をめて欲しい。

 外はすっかり夜が開けていて、眩しい朝日が窓から差し込んでいた。その太陽に向かって気持ちよさそうに、リタは身体を伸ばした。


 ほっそりと鍛え上げられた身体が、太陽に照らされて美しいラインを際立たせていた。彼女は眩しそうに目をパチパチとしながら言った。


「ごめんね、3番手だったし、一応合わせた方が良いかなと思ってさ」


「合わせる必要は全くないぞ。そこまで知っているなら、レイナの失踪しっそうも聞いたんだな」


「うん。その話なんだけれど、ほらこの前の邪神教の連中覚えてる?」


「あぁ」


 俺とレイナを襲った音波を使うガムズやその他の連中だ。ちょうど聞きたかったことだ。


「そのガムズが変なことを言い出したんだよ。犯行当時のことについて尋問じんもんしていたら、急に何か思い出したみたいで大汗かいて、ぶつぶつと変なことををつぶやき始めたの」


「何て言ったんだ?」


「『思い出した。ゼロイチナナだ』って……顔を真っ青にしていた。なんのことか分かる?」


「ゼロ、イチ、ナナ」


 ……レイナの名前だ。記憶の中で彼女が口にした番号だ。

 偶然とは思えない、ガムズはレイナのことを知っている。邪神教とレイナの繋がりについても、情報を持っているに違いない。


 痛む身体を起こして、なんとか立とうとする。


「ガムズはまだ牢屋にいるか? 聞いてもらいたいことがあるんだ」


「いや、もうダメだ。あいつらは……全員死んだ」


「死んだ?」


 リタは頷いて、悔しそうに拳を握りしめた。


「牢屋の中で殺された。見張りの交代の隙に誰かが忍び込んで、あいつら全員首の骨を折られていた。治療する余裕もなかった。即死だった。あれはプロの仕事だよ」


「……殺された……いったい誰が……?」


「仲間はいないって言っていたが……よほど知られたくない情報でもあったのか……、くそ、まだ罪を暴いていないのに勝手に死にやがって」


 リタは拳をベッドに打ち付けて、声を震わせながら言った。

 

「あいつら……死んだのか」


 悔しい気持ちは俺も同じだった。手がかりはすぐそこにあったのに。

 もしかしたら犯人は『異端の王』かもしれない。自分の情報を知られたくないがために、殺した。固定魔法を使える彼なら暗殺なんて、容易いことのはずだ。


「リタ、ガムズたちは他に何か言っていなかったか。例えば邪神教についてとか」


「それは吐こうとしなかった。あいつら実は、そういうカルト教会に属していた記録はないんだ」


「記録がない? あいつら邪神教の残党じゃなかったのか?」


 俺の問いにリタは頷いた。


「身元が判明したのも1人だけ。イザーブ近くの孤児院出身ということを言っていたよ」


「孤児院の出か」


「あぁ、調べてみたんだけど、王国への届け出も出している私立孤児院なんだけど……引っかかったのは15年前の邪神教の崩壊と同時期に、その孤児院は失くなったみたいなんだ」


「無くなったって、孤児たちはどうなったんだ」


「消えた。職員も何もかも。記録もほとんど抹消まっしょうされている」

 

 リタが調べたことに寄ると、彼らが属していた孤児院は存在していたことは確認できるものの、メンバーや子どもの行方に関しての情報はほとんど残っていないらしい。


「消えた……子ども、か」


「アンク、あんた何を考えている?」


「いや……」


 まだ推測でしかないが、今まで聞いてきたことを全て合わせると納得がいく。

 

 子どもさらいと孤児院、そして邪神教。

 偶然とは思えない。この3つが繋がっているとしか思えない。


 考えれば考えるほど嫌な方向に、思考は転がっていく。触れてはいけない闇の方へと、手を伸ばしている。


 黙り込んだ俺を心配したのか、リタは俺の背中を優しく叩いて言った。


「そんな不幸な顔をするな。大丈夫、レイナはきっとあんたの元へ帰ってくる」


「そう思うか……?」


「うん、あんたらは自分たちが思っているよりもお互いのことを考えている。レイナが必死に料理を上達しようと、毎日練習していたんだよ。だから、あの娘はきっとあんたの元へ帰ってくる」


「けれど、レイナは俺の知らない場所へ……」


「いつに無く弱気だね。らしくない」


 リタは俺の頬に触れると、すっと自分の方を向かせた。俺のことをまっすぐ見るリタは優しい笑顔を浮かべていた。


「いなくなったのなら探せば良い。まだ何の結末もついていないんだ。何も終わったわけじゃない。これから幾らでもひっくり返せる。物語はまだ続いているんだ」


「リタ……」


 そうだ、リタの言う通りだ。まだ、レイナを連れ戻すチャンスはある。


「いつになく、弱気になっていたみたいだな」


 たとえ彼女が何を背負っていたとしても、そんなもの俺と一緒にいることの障害にはならない。


 俺のことを覗き込んだリタは、満足げに笑っていた。


「よし、元気が出たみたいだね。良い目に戻った」


「リタのおかげだよ。助かった」


「お安い御用。なんせ2人とは長い付き合いだからね。悩んでいるかどうかは、目を見れば大体分かる」


 リタはベッドから立ち上がると、椅子の下に合った荷物を取った。やけに大きな荷物で、家に帰る様子には見えない。


「どこかに行くのか?」


「うん。レイナを探したいのはやまやまだけれど、私は私で気になることがあってね。ちょっとそれを調べなきゃいけない」


「そうか……リタが協力してくれれば、心強かったんだけど」


「こんな非常事態にすまない。店もしばらく閉めることになると思う。ひょっとしたら、しばらくは帰ってこれないかもしれない」


「どこに行くんだ?」


「それも言えない。けれど、必ず帰ってくる。それまで大変だと思うけれど、どうにか1人で頑張ってくれよ、アンク」


 リタは屈み込むと、俺の額に軽くキスした。精力剤の残り香か、甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


 共通の相談相手であるリタがしばらくいなくなると思うと、寂しい気持ちになった。


「……良かった。行く前に触れ合えておいて」


「そうだね」

 

 キスした箇所をコツンと小突いて、リタは笑った。重そうな荷物を担いで、爽やかな笑顔でリタは別れを告げた。


「じゃあな、アンク。また会おう」


「あぁ、リタも元気で」


 しっかりと頷いて、リタは帰っていった。

 きっと彼女なら大丈夫だろう。肉体面でも精神面でも俺よりもずっと強いやつだ。何か大切なことがあるというなら、それは本当に外せない用事なんだろう。


「……1人になっちゃったな」


 誰もいない病室はシンと静まり返っていた。

 気がつくと、さんさんと輝く太陽が東向きの窓から病室を照らしていた。この綺麗な午前の光を、レイナはどこかで見ているのだろうか。


 昨日の夕方から看病3銃士に魔力を補填してもらったことで、空っぽだった魔力炉は轟々と燃え盛るほどに力でみなぎっていた。


「待ってろよ、レイナ……」


 もうここに用はない。次の目的地は決まった。

 記憶の鍵となる場所はおそらく、イザーブ近くにあるという孤児院。そこに行けば、おそらくレイナの過去を知ることが出来る。


 『異端の王』が何者か。

 そして、レイナはなぜ俺の元を去っていったのか。


 本物のナースが来る前に病院を出て行く。俺を病室に泊めてくれたお礼にと、いくばくかの金貨をシュワラ宛てにおいて、俺は病院を出た。


 リタが持ってきたローションでベッドがべとべとになってしまったことは、今度謝ろう。許してくれると良いのだが。


 

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