第80話 邪神教の真実
目を覚ましたのはまだ日も出ない夜明けのことだった。ぎゅうぎゅうと身体を縛られる感覚で覚醒すると、目の前には鉄の鎖を持ったサティがいた。
「おいサティ」
「ちょっと待って。これで……よしと」
「よし、じゃない。この鎖を解け。今すぐに
俺の両手を鎖でがんじがらめにしたサティは、満足げな表情をしていた。鼻歌を歌って、サティはがっちりと鎖に鍵をかけた。
「いやぁ、まさかロープを引きちぎってくるとはね。でもこれなら大丈夫。さすがの君でも鎖は解けないでしょ」
「解けないでしょ……じゃなくて、お前は一体何がしたいんだ」
「世界の調和のためだよ。この世界には、君みたいな僕の手と足となって動いてくれる人間が必要なんだ。産めよ増やせよ、バチコンバチコン」
「気持ち悪い標語を作るな。良いか。俺はやりたいときにやるし、やられたいときにやられる。あんな妙な嘘を仕込んでやられても……愛が無いだろ」
「愛なんて後付けだよ。大事なのは行為。意味なんて後から幾らでも付けられる」
「恐ろしいことを言うな」
サティは小さく舌打ちをすると、わざとらしく手を広げた。
「人間のセンチメンタルさは分からないよー。私としては世界が滞りなく回ってくれれば良いんだ」
「滞りなくか。……おまえ、どうして『異端者』の話を俺に何も言わなかったんだ」
それを聞いたサティは苦々しげに微笑んだ。
「言う必要があったかい?」
「あった。俺が戦う敵だ。その出自くらいは教えても良かっただろう?」
「別に教えなくても良かった。君の仕事は彼を殺すことだけだ。それは変わらない」
サティは淡々と言葉を続けた。
「彼が何者であろうと、君は『異端の王』を殺す必要があったんだ。そうでなきゃ君を転生させた意味はない。契約は守られない。私は君にはちゃんと言ったはずだよ。2度目の生を
「……真実を知ったら、俺が断ると思っていたのか」
「雑念を排除したかっただけだよ。敵が人間だったと知ったら、君はきっと
サティにそう問われて返答に
俺は今にいたるまで、当然、人間を殺したことがない。もし殺す相手が『人間』だったと知っていたならば、
「今から、契約破棄したいくらいだ」
「無理無理。契約はきっちり成立している。私からのオーダーを最後まで
サティは俺の胸に手を当てて、にっこりと笑った。
「もっとも、そんなことは私が許さない」
寒気が襲ってくる。
女神であるサティは、たまに無慈悲なところがある。人間(特に俺)を駒としか見ていない。そしてそのことを隠そうともしない。
その感情こそが彼女を『神』たらしめているものでもあるのだが、その価値観の違いに
彼女は俺が本気で反抗すれば、それこそ眉1つ動かさずに俺を消すことが出来るだろう。サティにはその力もあるし、権利もある。
「……とんだブラック企業だ」
「ムカついてる?」
「少し」
「そんな怖い目で見るのはやめてよ。私だって『
「触れてはいけない領域?」
「あぁ、彼らの思想は根拠も無く、穴だらけだった。ありもしない空虚なものを信奉し、下らない儀式を行っていた。
悩ましげな調子で、サティは言った。
「世界というのは、君が思っているより
指を天井に向けたサティは、頭上に巨大な炎を出現させて見せた。赤々と燃える炎が凄まじい力を持っていることは、十分に伝わってきた。
「天秤のネジを壊すような巨大な魔法を仕込んでやれば良い。それで世界はおじゃんさ。そんな不毛なことをやるのを監視するのが、私の仕事だった。おかげで世界創生から60億年、人間の誕生から50万年、今まで、世界は滞り無く運営されてきた。全ては私の血と汗と涙の結晶さ」
「……そんなお前でも、さすがに異端者たちの残党がやったことはまずいと思ったんだな」
「そう……『異端者』たちの残党は結集した。それが全ての始まりだった」
もったいぶった調子でサティは言った。
今まで聞いたことがある情報を重ね合わせると、結論はすぐに出た。俺が知っている集団といえば、奴らしか思いつかない。
「邪神教……か」
「ビンゴ」
サティはパチンと指を鳴らした。
「君にしては
「それは……彼らが迫害されたらか」
「私は迫害しろなんて言った覚えはない。全ては異端者を極度に敵視する集団の早とちりさ。5大元素原理主義者と呼べば良いのかな。自分と違うものは怖い。大衆は結果的に異分子を排除した。……嘆かわしいことだよ」
「そこまで言うなら、どうしてお前は迫害を止めなかったんだ? お前の力だったら、それが出来ただろ」
「子供が喧嘩に大人が介入しないのと同じさ。子供同士のいざこざに私は何も言わない。キリが無いし、意味が無いからね。ただ、子供が拳銃を取り出したらさすがに止める。それはルール違反だ。子供が、人間がやって良い領分を超えている」
サティは「君の『異端の王』討伐に直接介入しなかったのものそういうわけさ」と言った。
「邪神教と言うのは、女神信仰に対して極度の嫌悪感を持った連中だ。こんな世界無くなったって構わない。そう考えた連中が武器を取ったんだ」
「だから、『異端の王』が世界を滅ぼす力を持つに至ったのか……」
「天秤を破壊する力に至ってしまった。それは、私の想像よりずっと早いペースだった。負の感情がもたらす力というのは、本当に恐ろしい。
人間たちから迫害された異端者たち。その生き残りが『邪神教』となり、『異端の王』と呼ばれる存在を出現させた。
「さらに『異端の王』がレイナの弟だとすると……」
レイナも邪神教の生き残りということになるのだろうか。彼女からそんなことを聞いたことは1度も無かったし、そんな素振りを見せなかった。普通に聖堂のミサにも顔を出していた。
鍵を握る記憶があるとすれば、彼らをさらった子どもさらいだ。
「あいつらか」
「そう。いよいよ真実に近づいてきたじゃないか」
「勿教えてくれよ。お前には全部分かっているんだろう」
「8割くらいね。この一連の自体のパズルのピースは埋まっている。全体像はほぼほぼ見えてきているけれど、パズルの中心にぽっかりとした穴が空いている。あとは君の記憶にかかっているんだ」
サティは椅子から飛び降りると、俺から背を向けて言った。
「最後の看病3銃士を呼んだら、いよいよ旅に出る。その頃には君もどこに行けば良いか分かっているはずだ」
「……今すぐ行く」
「だめだめ。とりあえず、今は魔力を回復する必要がある。今度の相手は手強い。全盛期の君に戻ってもらおうじゃないか」
「放せって……! せめて両手を自由にしてくれ……!」
「やーだよ」
サティは入り口の近くにいた人影に合図をすると、そのまま去っていった。本当は今すぐレイナの元へと急ぎたかったが、がっちりと固定された鎖でなすすべが無かった。
そうこうしているうちに、最後の看病3銃士が病室へと入ってきた。
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