第47話 大英雄、服を買いに行く


 朝食を食べ終わったあとで、レイナに2枚のチケットを見せる。


「コンサート……ですか?」


「そう、コンサート。今度カルカットに流行りの楽団がやってくるんだ。ショッピングタワーの下に大きなホールがあって、そのチケットが取れたんだよ」


 昨日、カサマド町で買い物をした時に福引で付いてきたものだ。ナツにあげようと思ったが、予定が合わないらしく、結局持って帰ってきてしまった。「レイナちゃんと行ってきたらどう?」と言われたが、まさか本当にそうなるとは。


「しかも最前列だ」


「最前列……」


 レイナがゴクリとつばを飲み込む。

 世界中を回っているこの楽団は、サラダ村のような辺境の地にも噂は届いている。チケットを取るにもかなり困難と言われている。ダフ屋が良く2倍、3倍の値で売りさばいているのを、街で見かけたコトがある。


 つまりこれはかなりのレアチケットだ。

 当然、レイナもその噂を知っていたらしく、慌てた様子で首を激しく横に振った。


「そんな……私には勿体もったいないです。サティさんと行かれてはいかがですか」


「残念ながら、私は忙しくてね」


「とても暇そうに見えるのですが……」


「1週間後に忙しくなりそうなんだよ。遠慮せずに2人で行っておいで。たまには良いじゃないか。こんな狭苦しい家でずっと家事なんかやっていたら、気が狂ってしまうよ」


 一言、いや二言くらい余計な暴言を吐いて、サティはパチンとウィンクした。レイナは何度もまばたきして、悩ましげに首を傾けた。


「コンサートですよね。あそこのホールはとても大きいと聞いています」


「うん、最近できたものだし。最前列の端っこの方だけど、貴族とかが座るような滅茶苦茶良い席だぞ」


「そうですか。えぇ、とても。とても行きたいのですが……」


 レイナは恥ずかしそうに頬を染めて、自分の髪を落ち着かなさそうにいじり始めた。窓から差し込む午前の明かりが、その毛先を淡いピンクに染めていた。


「どうした?」


「その……お恥ずかしい話で、服が……」


「服?」


 レイナは下を向いたまま、コクリと小さく頷いた。


「服が無いのです。更に言うならば、服を買いに行くような服が無いのです。普段、買い物にしか行かないので、メイド服とパジャマしか洋服ダンスにないのです」


「あ……そういうことか」


 それもそうだった。

 いつも家事をするか、食料の買い出しに行くかしていたレイナは、基本的に同じ洋服しか着ていない。つまり洋服ダンスにはズラリとメイド服のスペアが並んでいる。


「カルカットに買いに行こうにも、さすがにメイド服では眼を引きます。……かといって、カサマド町には私が着られるようなデザインのものはあまり……」


「そうだなぁ。あそこは確かにモンペばっかだもんな」


「で、ですので。他の方を誘った方が良いと思います! せっかく最前列で観れるのですから、眉目びもく麗しい方、たとえばパトレシアさんなんかを誘った方が建設的だと思います」


 レイナは言葉を何度も切りながら、もじもじと言った。

 彼女の様子から遠慮していることは明らかだったし、パトレシアとあの雰囲気は確かに合いそうだが、それよりも今はレイナと行きたい。その気持ちの方が強かった。


「なんだ、簡単なことじゃないか。服を買えば良い。むしろ服があれば一緒に行ってくれるんだな」


「あ……そんな、そこまで。だ、大丈夫です」


「行ってくれるってことだよな」


「う……あ、は、はい」


 蚊の鳴くような声を出してレイナは頷いた。

 これで話は単純だ。レイナに合う服を見つくろって来れば良い。


 幸い今日は仕事の予定もない。天気も良いし、急いでカルカットまで行けば、十分服選びをする余裕があるだろう。


「よし、買ってくる!」


「い、今からですか?」


「あぁ。ちょっとカルカットまで行ってくるから、他の人が来たら言っておいてくれ。サティも行くぞ」


「む、私も?」


「どうせ暇だろ。何よりお前をレイナと2人きりにする方が危うい」


「そんな……人を獣みたいに」


「獣よりタチが悪いから言っているんだ」


 苦々しい顔をしたサティを引っ張って、出発の準備を整える。だいたい道のりは頭に入っているし、ショッピンタワーまで行けば服はいくらでもあるだろう。


「行ってきます!」


「お、お気をつけて……」


 半ば呆然とした様子のレイナに別れを告げて、家を出る。

 少し誘い方が強引な気もするが、これくらいじゃないとレイナの性格的には遠慮されてしまう。


「そうはいっても服か……選ぶのが難しそうだな」


「私が選んであげようか」


「そっちの方が不安だ。お前が選んだちんちくりん衣装なんて笑えないぞ。やっぱりナツにお願いしようかな」


 外へ出て、ナツの家へと進む道に足を向けたところで、突如として後ろから声をかけられた。


「あら、どちらへお出かけ?」


 振り向くと、ゆったりとした足取りでパトレシアが歩いてきていた。薄い緑色のシャツを着て、外出モードの彼女は、俺たちに手を振った。


「パトレシアか、おはよう」


「おはようございます。なんだか久しぶりだね」


「そうかな?」


「はい、なんだか最近すごく楽しそうじゃない? 聞けば、昨日はナツさんと一緒にカルカットまで買い物に行ったとか……あぁ、私も行きたかったなぁ」


 わざとらしくため息をついて、パトレシアは悲しそうな顔をした。

 よくよく考えればこの道にはナツと俺の家しかない。パトレシアがたまたまここを通りかかる訳はなく、待ち伏せていたことは間違いない。


 ……これは一悶着もんちゃくありそうな予感がする。

 視線を逸らしている俺から、何かを感じ取ったのかパトリシアはむすっと顔を膨らませて近寄ってきた。


「む、私が待ち伏せていたと思っているでしょう」


「あー、いや、そんなことはないよ」


「こっちを見なさい」


「……ちょっと思った」


「正直でよろしい」


「で、なんでしょうか。待ち伏せしていたパトレシアさん」


 俺が問いかけると、パトレシアは俺の腕を自分の谷間に挟み込んで、グラグラと揺らした。


「……じゃあ、私も連れってってください! お願いー! 私も遊びたいの! 出番が欲しいのー!」


「出番?」


「そう! 私とも遊んでー!!」


 パトレシアは激しくわめいた。ぎゅっと胸の谷間で腕を挟みこまれて、もはや逃げようがない。


 おにくにはさからえない。


「オッケー、オッケー。レイナのよそ行きの服をカルカットまで買いに行くけれど、一緒に行こう。ちょうど誰かに服を選んでもらいたかったんだ」


「本当!? やったー!」


 パトレシアは俺から手を話して、パァッと笑顔になって万歳した。その様子を見ていたサティはいぶかしげな顔で俺の肩をつついた。


「大丈夫かい、こんな淫乱肉ダルマを連れていって。レイナちゃんの機嫌を損ねそうな気がしてならない」


「ばか、サティ、おまえ……!」


「……いんらんにくだるま?」


 パトレシアから殺気が湧き出す。途端に周囲を雷電が走った。


「ばちばちばちばち」


 やばい。

 不穏な言葉をつぶやきながら、今にもサティに襲いかかろうとするパトレシアを掴んで引き戻す。


「どうどうどう。良い子だ、良い子だ。よーしよーし。彼女は聖堂のシスターで、サティっていうんだ。仲良くしてやってくれ」


 サティに目配せすると、彼女も仕方なさそうに頷いた。


「……君がパトレシアか。アンクから噂は聞いているよ、よろしく。さっきのはシスタージョークさ。修道院では定番のやつなんだ。失礼言ってすまなかった」


「ばちばちばちば……………シスター……ジョーク……?」


 雷電が少しやむ。

 納得いかないという顔をしながらも、パトレシアはサティが差し出した手をおそるおそる掴んで握手した。その様子を見てサティは笑顔で微笑みかけた。


「うん、噂に聞くよりずっと綺麗だ。さすが大英雄が一目おくだけのことはあるね」


「あら、そんな……」


「本当本当。もしかしてもうデキちゃっているのかな。どうりでお似合いのはずだよ」


「やだ、ちょっとサティちゃんたら。照れる照れるー……!」


 雷電が止む。

 取り乱したように顔を赤くパトレシアは、俺たちの先を足早に歩き始めた。その後ろ姿にサティは一言「あいつもチョロいな」と言って、俺の肩を叩いた。


「頼むから、普通に買い物しようぜ」


 不慮ふりょの事態は昨日の件でお腹いっぱいなので、今日は順調にいきたい。


「ここは1つ確かめてみるか……」


 俺の横をスタスタと歩いて行ったサティは、不敵な笑みを浮かべていて、余計な企みをしていることは確かだった。


 

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