第262話 冒険者ギルドへ

 

 グレンデールの王都までやってきた。


 伯爵である俺の父の領地にも冒険者ギルドはあるが、やはり王都にあるギルドの方が発注される依頼の数が圧倒的に多いらしい。


 また、冒険者が依頼を受ける時、冒険者ランクと、どこのギルドで登録したかによって依頼を受けられるかどうかが変わってくる。


 例えばギルドがある街で登録した冒険者と、他所から来た冒険者が同じ依頼を受けようとした時、ランクが同じであれば地元の冒険者の方が優遇されるという仕組みがあるのだ。


 なので登録するなら、王都の冒険者ギルドが良いと考えた。


 普通、駆け出しの冒険者は地元のギルドで登録してから、他の土地へと旅をする。旅の最中に倒した魔物でも、冒険者のランクが上がることがあるからだ。


 また、旅先でギルドの再登録も可能。


 ギルドに再登録した地を拠点として活動してもいいし、さらに別の地に足を運んでもいい。


 冒険者は自由な職業だ。


 ただ、再登録にも色々と条件があるので、俺たちは初めから王都で冒険者登録をすることにした。



 俺たちは冒険者になった後も残り二年、イフルス魔法学園に通わなくてはならない。


 同じように魔法学園に通いながら冒険者登録する生徒もいるが、彼らはみんな魔法学園内部にある冒険者ギルドの出張所で登録をする。


 それは、遠くのギルドまで行かなくてもいいから楽だというのと、もうひとつ理由がある。


 冒険者登録すると、一定の期間内に冒険者ランクに応じた依頼を何度か受けなければ、登録が抹消されてしまう。


 しかし、学園内のギルド出張所で登録すると、依頼を長期間受けなくても登録が消されることはない。


 だから魔法学園の生徒のほとんどは、出張所で冒険者登録を済ませる。



 エルノール家は、俺やシトリーが転移魔法が使えるのに加えて、高速移動ができる者が多い。


 だから王都の冒険者ギルドまでの行き来は、全く苦にならない。


 それに俺たちのクラスは、学園での必須カリキュラムを昨年度までで全て終えてしまったので、学園で受けなければいけない授業数が減っていた。


 つまり、暇だったってこと。


 週に数回は、ギルドで依頼を受注できる目処も立った。


 そういう理由もあって、王都の冒険者ギルドまでやってきたんだ。




「これが、王都の冒険者ギルドですか」

「ハルトのおうちと同じくらいおっきーの!」


 ルナと白亜が、冒険者ギルドの建物を見上げて声を上げた。ふたりはグレンデールの王都に来るのが初めてだったようだ。


 魔法学園にある俺の屋敷と同じか、少し大きいくらいのサイズの建物が、目の前にある。


 これが、グレンデールの冒険者ギルド本部だ。ここは国内全ての冒険者ギルドの統括と、通常のギルド機能を併せ持つ。


 そのため、出入りする人の数も多い。


 父の領地にある冒険者ギルドを見に行ったこともあるが、そこより活気に満ちていた。


 いかにも冒険者って感じの人びとが、この周辺にはたくさんいた。

 

 なんだかワクワクする。


 元の世界にいた時から興味があった冒険者に、俺は今日なれるのだ。


「さ、行こうか」

「はい」


 ティナを初め、俺の家族と仲間の総勢十七人と一匹を引きつれて、ギルドの建物へと入っていった。



 ──***──


「はい。それでは、こちらがギルドカードです」


「あ、はい……ありがとうございます」


 ギルドの受付をしていた美人のお姉さんから、右上に大きくFと書かれたギルドカードを受け取った。


 ……おかしい。


 何事もなく、冒険者登録が完了し、ギルドカードを手に入れてしまった。


 手に入れてしまった──ってのもおかしいな。


 冒険者になりたくてここまでやってきて、ちゃんと登録できて、ギルドカードももらえた。


 目的は達成したのに、なにか物足りなかった。



 ──そう、テンプレのイベントが発生しなかったのだ。


 自分で言うのもなんだが、一見ひ弱に見える俺が、十人以上の美女や美少女を連れて歩いてきたのだから、先輩冒険者に絡まれるものだと思っていた。


 そーゆーのが、一切なかった。


「やはり、Fランクでは不服ですか?」


 なんだが腑に落ちない様子だった俺を、気にしてくれたティナが聞いてきた。


「えっと、そういうわけじゃないんだけど……」



「ハルト様、周りの下郎がハルト様によからぬ感情を抱いておりましたので、余計なことをせぬよう、わらわ洗脳しておきました」


 キキョウが俺に耳打ちしてきた。


 コ、コイツの仕業か!


 俺たちが冒険者に絡まれなかったのは、キキョウのせいだった。俺の仲間を除いて、このギルドの建物内部にいた全員を、彼女は洗脳してしまったのだ。


 面倒事に巻き込まれずにすんだので、普通はキキョウに感謝すべきなのだろう。


 でも俺は、せっかく異世界に来たのだから、テンプレイベントを体験したい気持ちも少しあった。



「ありがとうな、キキョウ」


 とりあえずキキョウに礼を言って、頭を撫でておく。


 キキョウやヨウコが人化している時の尻尾は、普通のヒトには見えないのだが、俺は魔視で見ることができる。


 その彼女の背後の尻尾が、俺に褒めろと言わんばかりにワサワサしていたから。


「主様、なぜ母様を褒めるのじゃ?」


 ヨウコが不思議がっている。


 同じ九尾狐であるヨウコでさえも、キキョウが洗脳魔法を使ったことに気づけていなかったようだ。


「キキョウのおかげで、トラブルを回避できたんだ。そのお礼だよ」


 たぶん、このギルド内にキキョウの洗脳魔法にレジストできた冒険者はいないだろう。


 賢者である俺がキキョウの話を聞き、かなり薄められた彼女の魔力を辿って、なんとか洗脳魔法が発動していることを確認できた程度なのだ。


 洗脳魔法をかけられたことすら、気づける者はいないはず。


 ちなみに、洗脳魔法にレジストするための魔具もある。


 ちょうど俺たちのそばを通った上位ランクと見受けられる冒険者のパーティーが、洗脳対策の魔具を装備しているのを見たが──



 それすら、効果はなさそうだった。


 洗脳魔法に対抗するための魔具は内部に精霊がいて、他者の魔力による干渉を妨げることで洗脳魔法にレジストする仕組みとなっている。


 その魔具にいる精霊たちが、マイとメイの存在に驚き、上手く働けていなかったのだ。


 だから、洗脳対策の魔具を付けている上位の冒険者ですらキキョウの洗脳にレジストできなかった。



 こうして俺たちは、一切トラブルに巻き込まれることなく、冒険者登録を終えてしまった。


 トラブルに巻き込まれたいわけじゃないから、これでいいんだけどね。


 うん……でも、お約束って、大事だよね?


 なんか物足りなさを感じながら、俺たちは冒険者ギルドを後にした。

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