第254話 ティナの○○日

 

「ハルト様、おはようございます」


 ハルト様を起こしに来ました。

 でも今日は、いつもとちょっと違います。


 私は少し、わくわくしていました。


「んー、ティナ……おはよ」


 眠たそうに、ハルト様が起き上がります。


「おはようございます」


「……うん」


「…………」


 あ、あれ?

 どうしたんでしょう?


 ハルト様が、なにも言ってくださいません。


 まさか、ハルト様に限ってそんな──


「あ、あの……ハルト様」


「んー、なに?」


「今日がなんの日か、ご存じですか?」


「今日? 今日は……学園がお休みの日だろ?」


「えっ」


「……えっ? 違うの?」


「あっ、いえ。違いません。本日、学園はお休みです」


「そう。なら、もーちょい寝てていい? あと一時間だけ寝させて」


 そう言って、ハルト様がお布団に潜り込んでしまいました。


 普段、授業がある日は私が呼びに来たらすぐに起きてくださるハルト様ですが、お休みの日はたまに、まだ寝ていたいと希望される時もあります。


「わ、わかりました。では、一時間後に起こしに来ますね」


「うん……よろしく」


 そう言って、ハルト様はすぐに小さく寝息を立てて、お休みになられました。


 きっと、眠たかっただけなのです。


 ハルト様が今日のイベントを忘れるはずがありません。


 だって、今日は私の──



 いえ。ハルト様を信じましょう。

 大丈夫、ハルト様はきっと覚えているはずです。



 ──***──


 一時間後、ハルト様を起こして、朝食の用意がされていた食堂までご案内しました。


 結局、私が期待していた言葉は、ハルト様からいただくことはできませんでした。


 本当に忘れてしまったのでしょうか?



 今日の料理当番は、ルナさんでした。


 私とハルト様以外の皆さんは、既に朝食を食べ終えています。


 私はハルト様と一緒に、ルナさんが作った朝食を食べました。とても美味しかったです。


 エルノール家で、二番目か三番目に料理が上手なのはルナさんですね。一番はもちろん私です。


 特にハルト様の好みの味については私が一番把握していますから、ランキングを付けるのがハルト様なら、必ず私が一番になります。


 驕っているわけじゃありません。


 『技能:メイド(極)』に裏付けられた、絶対的な自信です。

 


「ごちそうさま、ルナ。今日の朝ごはんも、美味しかったよ」


 ハルト様がルナさんの頭を撫でて、家事をしたことを労っていらっしゃいます。


「ありがとうございます、ハルト様!」


 ルナさんは、すごく嬉しそうでした。



 ……いいなぁ。


 今日は本当なら、ハルト様は私にかかりっきりになっていてもおかしくない日なんですよ?


 でも、今日はまだ一度も、ハルト様に撫でていただいてません。


 おはようのキスも、なかったのです。


 普段もたまに、おはようのキスがない日があるのですけど、それが今日じゃなくてもいいじゃないですか。


 そんな……まさか、本当に今日がなんの日か、覚えていらっしゃらないのですか?



「ティナ、どうしたの?」


「えっ、あ、その……なんでもありません」


「そう? 表情が暗かったから」


 仕方ないじゃないですか。

 だって、ハルト様が私の──



「大丈夫です。ご心配ありがとうございます」


 私はハルト様の妻ですが、専属メイドでもあります。


 ご主人様に心配させるなんて、ダメですよね?


 精一杯の笑顔をつくって、大丈夫だと言い張りました。少し、ぎこちなかったかもせれません。


「そう? ならいいんだけど……」


 少し、ほんの少しだけ期待しちゃいました。


 ハルト様が思い出してくれるんじゃないかなって。


 でも……ダメみたいです。


 かと言って、私から言い出すのは、違う気がしてしまうのです。


 気分が沈みます。

 もちろん、表情には出しませんけどね。



「今日、ティナにお使いを頼みたいんだけど大丈夫?」


「お使いですか? 構いませんよ」


 お使いを頼まれてしまいました。


 本当なら、今日は一日中ハルトさまと一緒にいたかったのですけど……。


 でも、お願いを聞くと、ハルト様は褒めてくださいます。ご褒美をくださいます。


 だからそれを期待して、お使いを引き受けることにしました。



 ──***──


 お使いの内容は、アルヘイムエルフの王国まで行って、エルフ王に仕える執事のサリオンから、魔導書を預かってくることでした。


 ハルト様は今日、外せない用事があって転移魔法を使えないそうです。


 それに加えて、サリオンが持っている本がどうしても必要とのことで、私が飛行魔法でアルヘイムまで取りに行くことになりました。


 サリオンは昔、私に仕えていたこともある執事です。久しぶりに会いたい理由もあったので、ちょうどよかったです。



 お昼過ぎ、無事にサリオンと合流して、魔導書を受け取ることができました。


 その後、ちょっとサリオンと話したのですけど……。


 彼も、私が求めていた言葉はかけてくれませんでした。


 なんででしょう?


 サリオンが、今日のイベントを忘れるわけないって思っていたので、余計にショックが大きいです。


 すごく、寂しいです。


 私、今日のことを楽しみにしてたのに……。

 皆が祝ってくれるって思ってました。


 先々月のリファとヨウコさんの時は、盛大にお祝いしたじゃないですか。


 それなのに──



「ティナ様、大丈夫ですか?」


 サリオンにも心配されてしまいました。


 でも、かけてほしい言葉はじゃないんです!


「大丈夫。魔導書、確かに受け取りました」


 素っ気ない感じで返事をしちゃいました。

 でも、いいんです。


 サリオンなんて、もう知りません!


 私は飛行魔法を発動して、ハルト様のお屋敷に向かって移動を始めました。



 ──***──


 イフルス魔法学園まで帰ってきました。

 遠くにハルト様のお屋敷が見えます。


 ……あら? 


 おかしいです。


 夕方だというのに、お屋敷の明かりが全くついていないのです。


 しかも、お屋敷にいるはずのハルト様やヨウコさんたちの魔力を感じることができません。


 まるで魔力探知を、なにかに妨害されているような感じです。


 な、なにか、あったのでしょうか!?


 不安になりながら、お屋敷の玄関前に着地しました。


 ヒトの気配はします。


 何人かが歩いてる音が聞こえます。

 ボソボソと、なにかを話している声も。


 でも、この距離でも屋敷内部の魔力を感じられないなんて異常です。


 みなさん、無事なんでしょうか?


 私は、戦闘できるように魔力を練りながら、お屋敷の扉に手をかけました。




 暗いです。


 五感に優れたエルフ族の私が、ほんの少し先しか見えないくらい真っ暗でした。


 多分これ、闇魔法です。

 視界を奪う魔法が張られているんです。


 私は周囲に注意をはらいながら、玄関ロビーの中央まで進みました。


 もちろん、いつ襲われても対処できるような戦闘態勢で。


 その時──



「──っ!?」


 周りがパッと明るくなりました。


 と、同時に私を取り囲むようなヒトの気配を感じます。襲ってくる感じではなさそうです。


 暗闇に目を慣らしてしまったせいで、眩しくて周りが見えません。


 手で影を作り、ぼんやりと私の前にいた人物を確認しました。



 それは、優しい笑顔のハルト様でした。


 そのハルト様が──



「ティナ。誕生日、おめでとう!」


 私が今日、一番言ってほしかった言葉をかけてくださいました。

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