第238話 つかの間の喜び

 

「リューシン様、こちらもどうぞ」

「あ、ありがと」


 俺は今、邪竜の眷属から救ったヒナタの村で、接待を受けていた。


 村人たちが用意した料理を、俺の隣に座ったヒナタが取り分けてくれる。


 ヒナタ女の子が俺のすぐそばにいて、ちょっとドキドキする。


 この村を守護する代わりに、遊びに来た時に飯を食わせてほしいと頼んだのだけど、今日は村の解放記念と、俺への感謝を示すためとして急遽、宴会が開催されることになった。


 長い間、邪竜に支配され、周囲の四つの村以外との交流は邪竜の眷属によって制限されていたようで、食材の種類などは豊富ではない。


 それでも、食事の質は悪くはなかった。


 邪竜が美味いヒトを喰いたいと望み、眷属を使って自分が支配する村に食料や生活物資を定期的に運ばせていたようだ。


 属性竜の眷属ともなれば、人化できる奴もいる。


 実際、ヒナタの村を監視していた邪竜の眷属は、ヒトの姿になって食料などを運んできていたという。



「リューシン様、お飲み物がなくなりましたね。新しいものをお持ちいたします。なにがいいですか?」


「あー、さっき飲んだ赤くて甘いやつ、美味しかった。それ、まだある?」


「ルービエですね。もらってきます!」


 そう言ってヒナタが、俺のそばから離れていった。



 この村を救った後、宴会が開かれるまでの時間にヒナタの治療が行われた。


 それから身体の汚れを落とすため、村の女性たちによって、ヒナタは半ば強制的にお風呂に入れられていた。


 身だしなみを整え、俺の前に姿を現したヒナタは、凄く綺麗だった。


 砂や埃、血で薄黒く固まっていたヒナタの髪は、サラサラな茶髪になっている。


 中級以上のヒールが使える者がこの村にはいないようで、ヒナタの顔や身体のあちこちには小さな傷跡が残っていたが、それでも彼女の肌は透き通るように綺麗だった。


 ハルトかリュカにお願いして、彼女の怪我を治療してもらおうと思う。


 あの二人の回復魔法であれば、数年前についた古傷でも治癒できてしまうからな。



「リューシン様、此度は村をお救いいただき、誠にありがとうございました」


 ヒナタを待っていると、村長が話しかけてきた。


「どういたしまして。少し聞きたいことがあるんだけど、大丈夫?」


「はい。なんなりと」


「ヒナタの家族って……もしかして、いない?」


 俺がヒナタを連れ帰ってきた時から今まで、彼女の家族を名乗る村人と会っていない。


 娘や家族を助けたのだから、ヒナタに家族がいたなら、声をかけてくれるものだと思っていた。


「……ヒナタの両親は今から四年前、ヒナタが次の生贄になることが決定した際、邪竜の眷属に刃向かって殺されました」


 生贄は、眷属の目を通して邪竜自身が品定めしていたようだ。


 それで次の生贄が、ヒナタになった。



 両親が殺され、しばらくの間ふさぎ込んでいたヒナタだったが、邪竜の眷属に『お前が進んで生贄にならなければ、この村の住人全員を殺す』──そう脅されたらしい。


 それ以来、ヒナタは眷属の指示に素直に従うようになった。


「この村を解放してくださった恩人であると同時に、ヒナタにとってリューシン様は、親の仇をとってくださった御方なのです」


「……そうなんだ」


 できれば彼女の両親も蘇生してあげたいけど、死んで何年も経っているとリュカですら蘇生は不可能だ。


 それに、彼女の両親の遺体は邪竜のもとに運ばれ、アイツが喰ってしまったらしい。


 俺が邪竜の洞窟で見た無数の人骨の中に、彼女の両親のがあったのかもしれない。


 なるべく早く、あの洞窟の中にある遺骨を回収して、弔うべきだと考え始めた。


 最近ハルトの奥さんになった元聖女のセイラさんなら、邪竜に殺された人たちの魂を、正しい場所へと導いてくれるはずだ。


 この宴が終わったら、村長に提案してみよう。



「リューシン様、お待たせいたしました」


 ヒナタが飲み物と、新しい料理の皿を持って戻ってきた。


「ヒナタが戻りましたので、私はこれにて。リューシン様、お楽しみください」


「あぁ。そうさせてもらうよ」


 村長が俺たちの席から離れていった。



 俺がヒナタを気に入っていると宣言したからだろうか。


 俺とヒナタのいる席は、他の村人たちの席とは少し離れている。


 ヒナタと話しているとき、誰かが近づいてくることもない。


 なんか、気を使ってもらっているようだ。


 ちなみにヒナタはというと──


「リューシン様、こちらのお料理は、私が大好きなものです。ぜひお召し上がりください!」


「うん。ありがと」


 すごく明るくなっていた。

 笑顔が可愛い。


 あと、俺との距離がやたら近い。

 宴の途中から、俺の身体にピッタリヒナタがくっついてくるようになった。


 リュカ以外の女子に触れられたことなんてほとんどなかったから、めっちゃ緊張する。


 女の子って、なんでこんなにいい匂いがするんだろうな?


 それにヒナタの髪、サラサラで気持ちよさそうだ。


 ……触っても、いいかな?

 少しくらい、いいよな。俺、命の恩人だし。



 なるべく優しく撫でてみた。


 俺の突然の行動に驚いたヒナタが、小さく身体を震わせる。


「あっ、ご、ごめん」

「いえ、大丈夫です。その……リューシン様に触れていただけたのが、嬉しくて」


 慌てて手を離したのだけど、嫌がってるわけじゃないみたい。


「私の両親にも、いっぱい褒めてもらった自慢の髪です。リューシン様がよろしければ、もっと触っていただけませんか?」


 触って欲しいと頼まれた。

 じゃあ、仕方ないよな。


 ヒナタの髪に触れる。

 思っていた通り、凄くサラサラで気持ちいい。



「……リューシン様」


 ヒナタが頭を、俺の身体に預けてきた。


 ふおぉぉぉぉ!!!

 なっ、なにこの子? 可愛すぎじゃない!?



 たまにハルトが、教室で嫁とイチャイチャしているのを目にすることがある。


 俺という部外者の目があるのに、恥ずかしくないのかと思っていたけど──



 今、わかった。


 やってる方からしたら、他人の視線なんて気にならないんだ。


 かわいい女の子が、俺にくっついてくる。


 それが、すげー幸せ。

 周りの状況とか、どうでもいい。



 俺はそれからしばらく、ヒナタとの時間を楽しんだ。

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