第236話 リューシンの眷属
「──は?」
邪竜が地に倒れ、動かなくなった。
えっ……し、死んだ?
ま、まじで!?
牽制のつもりで放った飛拳が、この世界最強の魔物である竜族──その中でも上位の存在である、属性竜を屠ってしまった。
しかも、邪竜化していたヤツを。
邪竜になると知能が低下するが、力と耐久力が飛躍的に向上し、さらに死ににくくなる。
邪に染まった鱗は、光属性以外の魔法を受け付けず、たいていの物理攻撃を弾き返す。
なんとか致命傷を与えたとしても、邪竜はおよそ千回蘇る。
邪竜を討伐するには、圧倒的高火力の光属性魔法で魂まで浄化するか、致命傷を千回与えるしかない。
俺は特に属性も持たせず、魔力の塊を飛ばして邪竜にぶつけた。
それでヤツが死んだのだから、俺の飛拳は邪竜を千回以上殺すだけの力があるってことだ。
俺って、自分で思ってるより強いんじゃないか?
強くなっていても、不思議じゃない。
邪竜を一撃で倒せるんだから、俺はかなり強いってことだ。
おぉ!
俺、めっちゃ強くなってるぞ!!
気分が良くなった。
でも
「な、なんてことをしてくれたんですか!?」
「えっ?」
すごい剣幕で女の子に怒られた。
「私が生贄になれば、みんなは助かったんです! そ、それを──」
俺を睨む彼女の目から、大粒の涙が溢れる。
「邪竜は俺が今、倒したじゃないか。なにがダメなんだ?」
「……アイツは、私たちの村に眷属の竜を見張りとして配置していました。そのせいで私たちはアイツから逃げることも、助けを呼ぶこともできなかったんです」
「その眷属の竜が、君の村を襲うと?」
「あの竜はそう言っていました! 邪竜に刃向かう者がいたら、眷属の竜が村を壊滅させると!!」
なるほど。
それは、まずいな……。
「わかった。君の村も助けるよ」
「……え」
魔力を放出する。
その魔力に闇の属性を与え、小型の竜を俺の影の中に召喚した。
影竜──闇と影を司る黒竜の眷属だ。
二十体の影竜が、この周囲の影の中に集まっていた。
「
「──ひっ!?」
俺の影から一体の影竜が顔を出す。
突如現れたそれに驚いて、女の子が小さく悲鳴を上げた。
「ここの周辺の村を、邪竜の眷属が支配してるらしい。全部、倒してくれ」
「主の仰せのままに」
顔を出したのは影竜のリーダーだ。
そいつは俺の命令を受けると、影の中に潜った。
すぐに他の竜にも命令が伝わり、この場にいた影竜たちが、周囲に散開していく。
影竜は属性竜ではないが、かなり強い。
影の中を高速で移動し、無音で敵を殺す。
それこそ属性竜の眷属なんて、全く相手にならない。
邪竜が死んだことに気づいたヤツの眷属が暴れ出したとしても、俺の影竜たちなら被害が大きくなる前に倒してくれるはずだ。
もし被害が出てたら、リュカに力を貸してもらおう。
とりあえず、これでいいはずだけど──
「邪竜の眷属たちは、アイツらが倒すよ。ほかになにか問題ある?」
「……あ、あなたは、いったい何者なんですか?」
「自己紹介がまだだったな! 俺は竜人族の、リューシンだ」
「り、竜人!?」
女の子が、俺から逃げるように距離を取る。
彼女は後ずさる時に足を土に取られて、尻もちをついた。
酷く怖がられたものだ……。
まぁ、ずっと邪竜に命を支配されていたのだから、竜に対して恐怖を持ってしまうのも仕方ないと思う。
それから彼女は多分、竜と竜人を似たものだって考えてるんだろう。
竜人族って人口が少ないから、あんまり存在を知られていなかったりするし。
「竜人族は、君ら人族と同じものを食べるんだ。だから君を襲ったりはしないから、安心して」
地面に座り込む彼女に手を差し出した。
「君の村も、俺が守るから」
しばらく悩んでいた彼女は、ビクビクしながら俺の手を握ってくれた。
その手を引いて、彼女を立たせる。
「改めて、俺はリューシン。君は?」
「わ、私は、ヒナタと言います」
「ヒナタ、可愛い名前だな。よろしく」
「よろしく……お願いします」
少し照れてるヒナタが可愛い。
でも今は、彼女とのんびりしてる時間はない。
ちゃんと邪竜の眷属が全て倒されたか、確認しなくては。
それにもし被害が出ていたら、リュカを呼びに行かなくちゃいけない。
「ヒナタ、今から君の村に行こう。案内を頼む」
「は、はい! わかりました」
ヒナタが走り出そうとしたが、すぐに足をもつれさせ倒れてしまう。
邪竜に弄ばれていたので、身体中傷だらけなうえに、体力もかなり減ってる。
残念だが、俺は他人を回復させる魔法は使えない。
でも、彼女くらいなら運ぶことはできる。
俺は黒竜になった。
邪竜の洞窟は、最深部から入り口まで俺が飛んでいけるくらいの広さがある。
ヒナタを背中に乗せて飛んでいくのが一番速い。
問題はヒナタが竜化した俺を、怖がってしまわないかだが──
「す、すごい。綺麗……」
ヒナタが
もしかしたら、邪な魔力でくすんだ邪竜の鱗と比較しているんだろうか?
一緒にしないでほしい。
竜の鱗って、本来はヒトを惹き付けるくらい、綺麗なんだ。
穢れのない鱗こそ、竜の誇りだ。
その鱗を、ヒナタに褒められて嬉しくなった。
「ヒナタ、君の村に行こう。背中に乗ってくれ」
竜になった俺を怖がっていないようなので、彼女を背中に乗せて飛ぶことにした。
しゃがんで、ヒナタが背中に乗れるようにしてやる。
「わ、私が乗っても、よろしいのですか?」
竜は己が認めたヒトしか、背に乗せないと言われている。
だけど俺はその辺、どうでもいい。
「うん。いいから、早く」
「わかりました……失礼、します」
ヒナタが、俺の背中によじ登ってきた。
彼女が俺の背中に座る。
女の子のお尻が、俺の背中に──
当たっているはずなのだが、鱗に触覚はないので、柔らかさとか全然楽しめない。
くそぅ……。
まぁ、いい。
なんだかんだで生まれて初めて、女の子を背中に乗せることができた。
ちょっと嬉しい。
あとは無事にヒナタの村を守って、ご褒美にデートしてもらおう。
楽しみだ。
……ヒナタ、約束覚えてるかな?
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