第102話 とある女獣人兵(3/3)
サリーが回復して十日経ちました。
今日と明日、この国の最強を決める武神武闘会が開催されます。私はまだ出場するほどの実力は無いので、今回は大会運営側のお手伝いです。いつかは大会に参加して、自分の力を誇示したいと思います。
ちなみに、サリーは大会に出るようです。配属されたばかりの国軍で、いきなり小隊の副隊長に任命されるほどの実力を持つ彼女ですから、かなりいい所まで行けちゃうのではないでしょうか?
──と、思っていたら彼女は本当に予選を通過しちゃいました!
的を破壊できなくとも、ある程度以上のダメージを与えたと認められると本戦への参加ができます。サリーはそれをクリアしたのです。
凄いです!
私の友達、凄いです!!
なんでも、ハルトさんが治してくださった右腕と脚の調子がすごく良いらしいです。
その後、予選会は大きな問題なく進んでいきました。私が担当する的は、結構ボロボロになってきましたが、まだ破壊に至る人はいませんでした。
参加者のナンバーが書かれた名簿に目を落とします。
あっ、次の人で私の担当は終わりですね。
「次、九九七番の方、お願いします!」
次の参加者を呼び出しました。だいたい九〇〇番後半は、的を破壊できる可能性が高い方が来るので、ちょっとワクワクします。
どんな力で、武器で、技で的を破壊してくれるのでしょうか?
とは言え私はつい先日、武の最高峰とも言える方が、不倒ノ的を破壊するのを目の当たりにしてしまいましたから、それ以上を期待するのはダメでしょう。
武の最高峰とはもちろん、
「また会いましたね。よろしくお願いします」
そうそう。この人、ハルトさんです。
──えっ?
私の目の前に、ハルトさんが彼の身の丈ほどもある大剣を担いで現れました。
「ハ、ハルトさん!?」
「はい、ハルト=エルノールです」
ハルトさんはエルノールという家名だと知りました。
リリア=エルノール。
ちょっと、良いかも……。
──はっ!? わ、私はいったい何を?
ハルトさんと幸せそうに、食卓を囲んでいる様子が頭の中に浮かんできました。しかし、今はお仕事中です。
残念ですが、その幸せなイメージを消しさって、お仕事に集中することにしました。
さて、気になるのはハルトさんが背負っている大剣です。入都審査の時に、彼はこんな大きな剣を持っていませんでした。
いったい、どこから持ってきたのでしょう?
この王都で作ってもらったとは考えにくいです。この国に、ハルトさんが持っているような大剣を作れる鍛冶師はいませんから。
凄く綺麗な、まるでエルフの王国に伝わる宝剣とも思える剣でした。
実は私、武器マニアなんです。
各国の宝剣や宝具は、絵などが公開されている物であれば、ほとんど頭に入っています。ハルトさんが持っている大剣はアルヘイムの宝剣、覇国に非常によく似ていました。
まさか……ね?
私がそんなことを考えていたら、ハルトさんが大剣を片手で振り上げ、上段に構えました。
やはり、似ているだけで違う剣ですね。
覇国はすっごく重いって本に書いてありました。兵士数人がかりで運ばなくてはいけないほどだそうです。
それをあんな風に、片手で持てるわけがありません。
それにしても、ハルトさんの全ての動きが綺麗過ぎて見とれてしまいます。
「もう、やっていいですか?」
ハルトさんに見蕩れていたら、的への攻撃をしていいかと確認されてしまいました。
「えっ、あっ! はい、大丈夫です」
慌てて返事をします。
しかし、大丈夫ですと言ったものの、今ハルトさんは的から五メートルほど離れた所に立っています。
こんな所で構えてどうするのでしょうか?
しかも構えは上段。
もしかして、上段で大剣を構えたまま、五メートルダッシュして、勢いを付けて的に斬り掛かるつもりですか?
いくらハルトさんでも、それはダサいかと……。
ハルトさんが大剣を振り下ろしました。
「──は、はい?」
意味がわかりませんでした。
五メートルも離れたところにある的が、中心から左右真っ二つに割れたのです。
割れたものの、まだ的は立っていました。
そして彼の動きは、止まりませんでした。
大剣が、今度は左下から右上に向かって斬り上げられました。それから、右薙ぎ、袈裟斬り、左薙ぎ──
私が視認できたのは、ここまでです。
どんどんハルトさんの動きが速くなっていったからです。
獣人族の中でも、動体視力が優れている方だと自負していたのですが、途中からハルトさんの振る大剣が見えなくなってしまいました。
大剣の動きは見えませんでしたが、代わりにハルトさんが居る位置から的に向かって
その、
まるで飛ぶ斬撃。
そういえば、かつての勇者様は覇国を使って、数メートル離れた所にいる敵を斬り伏せられる技を持っていたそうです。
空を裂く斬撃──裂空斬という伝説の技です。
武の奥義と言っても良いでしょう。
武術は基本的に接近しなければいけません。
種族的に物理攻撃系の職に適性が出やすい獣人は、近接格闘系が多いのです。
種族ステータスが高く、圧倒的な物理攻撃力と攻撃速度を誇る獣人が、離れたところから物理攻撃をしてきたらどうでしょうか?
そうです。強いに決まってるんです。
しかし、遠方の敵に飛び道具も使わず物理攻撃をできた獣人は過去にひとりしかいません。そのひとりとは、かつての獣人王で死後、神格へと至った武神様です。
その武神様しか成し得なかった奥義が、私の目の前で繰り出されていました。
──最初の斬り下しから十秒ほどでしょうか。
ハルトさんの動きが、ピタっと止まりました。
そして、覇国──この時点で私は、この剣が覇国だと確信していました──を闘技台に突き立てたかと思うと、ハルトさんは的へと高速で駆け出したんです。
不倒ノ的の前で、彼が
王都外の試練所で、的を吹き飛ばした
的は切り刻まれ、至る所から中身である鋼砂がサラサラと落ち始めていました。
放っておけば、数秒後には崩れ落ちるであろう、その不倒ノ的に向かって──
「せいっ!!!」
彼の拳が、叩き込まれました。
またまた意味が分かりませんでした。
だって既にバラバラに斬られてるんですよ?
そのバラバラになっているはずの的が、重さ数トンにも及ぶ鋼砂の塊が。
何故か拳ひとつで、真っ直ぐ吹っ飛んでいったのです。
吹っ飛んでいった先には、この円形闘技場で出たゴミを一時保管するエリアがありました。
不倒ノ的の残骸は、そのほとんどが綺麗にそこに入ったのです。
「よし! 完璧だ」
ハルトさんは満足気でした。
そして、振り返って笑顔でこう言いました──
「これで、後片付けは楽になりますよね?」
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